2006年11月21日 第39回MKCRセミナー

発表者:土井 裕司
      武庫川女子大学生活環境学部
題目:
関西のうどんについて −うどん出汁を中心に−
日時:
2006年11月21日(火)17時〜18時30分
会場:武庫川女子大学中央キャンパス学術研究交流館2階会議室 



発表要約


  わたしたちのグループの研究課題は「京うどんの変遷−うどんから京うどんへ−」というものである。本センターが立ち上げられようとしていた頃には「京うどんというものはあるの?讃岐うどんや稲庭うどんは聞いても京うどんというのは聞いたことがない」というのが一般的であった。そこで、京うどんが出てこなければならなくなった背景や出てきた経緯を追求することが関西の文化を研究することに繋がると考え、上記のような課題を選定したのであった。平成12年ごろから京都独自のブランド化、他府県品との区別化の動きがあり、平成14年には京ブランド食品として認定を受けるものが出てきた。京都府製麺卸協同組合も平成167月に京ブランド食品認定委員会に参加し、京うどんの名称が認知されるようになった。以上のことについては、本研究センター主催の第1回フォーラムで報告させていただいた。
  
  関西文化研究センターの命題は、「関西圏の人間文化についての総合的研究−文化形成のモチベーション−」というものである。この命題に取り組むとき、関西と他の地域との違いを考察することが一つの研究方法として考えられる。そこで本研究では、京うどんを基本として、他の地域のうどん、大きくはめん類との違いを検討してみようと考えた。

さて、「関西はうどん、関東はそば」というのが通説である。この通説はいつごろから出てきたのかは定かではないが、「さて、現在も通用するものか?」という疑問は湧いてくる。その根底には、「世界は狭くなった」ということを聞いて久しく、そのことは地域差というのは消えつつあるということを言っている。となると、うどんやそばについても同様に、地域差というものは消えてきているのではないか、と考えられる。したがって、通説が現在も生きているかどうかの検証が必要となってくる。関西の文化を考えるための基本検討対象としたうどんで、地域間での差がなくなっていてはそれを採りあげるのが間違っていることになる。

 上の表は、政令指定都市でのうどん屋または蕎麦屋1店当たりの人口を示したものである。店の数はタウンページに掲載されている数であり、人口は2005年国勢調査結果によっている。それぞれの人口が少ないほうが店の数が多いことを意味している。表の上段、札幌から静岡までは蕎麦屋が多く(ただし、さいたまを除く)、下段の名古屋から福岡まではうどん屋のほうが多い。この事実は、「関東の蕎麦、関西のうどん」という通説がいまだに生きていることを示している。また、2002年度日本能率協会総合研究所「J-FAXリサーチ」システム利用による地域別の普段に作る料理調査でも、関西ではうどんが1位にあり、そばは8位までには出てこない。他方、関東では蕎麦が8位にあり、うどんは出てこない。これらの調査結果でも「関東の蕎麦、関西のうどん」という通説がいまだに生きていることを示している。したがって、関西文化の研究で、うどんを研究対象として選択することは意味のあることである。

 ここで、京うどんの特徴について軽く触れておこう。京うどんを名乗るうどん屋経営者は、その特徴を以下のように話している。麺は、柔らかくて細い。具材は京湯葉、鱧、もみじ麩など、一般では手に入りにくいものを使うという。他に、シイタケ、菊菜、ほうれん草、もち、えのき茸、にんじんなども使われる。出汁をとるには昆布とかつお節の両方が使われ、醤油は薄口を使うため出汁そのものには透明感がある。

 うどんから関西文化を論じようとするとき、うどんのどのような点あるいは面から考察ができるであろうか。研究方法として、歴史的側面、経済的側面、さらに、うどんそのものの観察がある。歴史的側面とは、うどんはどこから伝わってきたのか、そして、日本ではどこへ伝わって行ったのかといった見方ができる。なぜ、そのような伝播の仕方となったのか、というものである。経済的側面とは、生産や消費である。なぜ、生産や消費に地域間での差が生じているのか、その背景は何か、という観察である。これらについては、昨年の本研究センターワークショップで触れ、「関西文化研究叢書1 関西文化の諸相」に記載した。

 うどんそのものを見てみよう。うどんは、麺、具材、出汁から成り立っており、それが容器に入っている。また、食し方も、かけ、もり、ぶっかけとある。これらどの面からも研究はできるであろう。本研究ではこれらの中から、出汁を採りあげた。なぜなら、出汁は日本人の食生活から生み出された基本味である「うま味」を含んでいるからである。日本の文化を論じるのに、日本独特な味である「うま味」を採りあげようというのである。

 うま味の発見者は、物理化学者であった池田菊苗(東京帝国大学教授、理化学研究所化学部長)である。昆布出汁の湯豆腐を食していて、昆布の中にうま味のあることに気付き、その構造を決定し、1908年、製法特許を取得した。小麦タンパク質の加水分解によるグルタミン酸の製造である。企業化は鈴木商店(鈴木三郎助)(現在の味の素株式会社)よってなされた。うま味を用いて日本人の栄養状態を改善しようと考えたという。1913年には池田の弟子、小玉新太郎によってかつお節のうま味成分がイノシン酸であることが明らかにされた。1955年から1960年にかけて、シイタケのうま味成分がグアニル酸であることが国中 明(ヤマサ醤油)によって明らかにされた。このようにうま味成分の研究に日本人の寄与は大きく、1980年代に第5の基本味としてうま味が認知されるにいたった。因みに、他の基本味は甘味、酸味、塩味、苦味である。その他のうま味成分として、紅茶のテアニン、日本酒のコハク酸などが知られている。グルタミン酸やテアニンはアミノ酸系うま味成分、イノシン酸、グアニル酸は核酸系うま味成分と分類される。

 うどん屋さん、蕎麦屋さんは「関西は昆布出汁、関東はかつお出汁」という。出汁のもとである昆布は北海道での生産が95%を占めている。昆布は平安時代から調として蝦夷から朝廷へ献上されていた。江戸時代には北前船により関西にもたらされ、さらに江戸へ運ばれた。かつお節は駿府で作り始められたようだが、土佐でその製法が確立され、全国へ伝わったようで、江戸期には江戸に近かった千葉、静岡で多く作られたようである。現在では生産量第1位は鹿児島である。出汁の素の生産に歴史、地域性があることが上述の「関西は昆布出汁、関東はかつお出汁」という言葉を生み出したものと考えられる。本研究では、うどんを通じて文化の地域性を検討しようと考えた。うま味が日本人の食生活から生み出されたものであること、出汁の素の生産に地域性が見られることから、うどん出汁に着目したのである。

 日本各地からうどん出汁を収集した。うどん屋さんへ行き、出汁を直接もらったり、スパーマーケットで購入したりと試料はさまざまであった。グルタミン酸量はヤマサL-グルタミン酸測定キットを用いて定量した。核酸系うま味成分は、高速液体クロマトグラフィーによった。カラムはC18シリカゲル、展開溶媒はメタノール:5mM水酸化テトラ-n-ブチルアンモニウムを含む20mMリン酸一アンモニウム(pH8.0)=30:70(v/v)であった。253nmでの吸収によって検出した。

 次の図は、うどん出汁中のグルタミン酸および核酸系うま味成分含量を示している。

 



 ここに示した結果から、うどん出汁中のグルタミン酸含量および核酸系うま味成分含量はそれぞれの出汁によって大差があることがわかった。特に、讃岐うどんの出汁ではその差が著しかった。京うどんの出汁では、グルタミン酸含量も核酸系うま味成分含量も小さい傾向が見られた。

 昆布出汁でのグルタミン酸濃度は通常1.0g/l前後であることから考えて、グルタミン酸濃度が1.5g/lを越えるものは化学調味料を添加しているものと考えられる。グルタミン酸含量の小さかった東京、京都の出汁はいずれもうどん屋さんから直接入手したものであった。それらのものは筆者にはうまく感じた。スーパーで入手したものにはうま味成分からの地域性を考察することができなかった。

 うま味成分については、アミノ酸系うま味成分と核酸系うま味成分との間にうま味の相乗効果が知られている(S.Yamaguchi, J.Food Sci.,32,473, 1967)。両者を混合することで単一のうま味成分を用いたときよりも相乗的にうま味を引き出せ、モル比1:1がもっともうま味が強いという。そこで、うどん出汁中のグルタミン酸含量に対する核酸系うま味成分含量の割合を計算した。その結果を上の図に示している。京都で入手したものは多くが核酸系うま味成分の比率が大きく、昆布出汁とかつお出汁の両方を使用しているものと考えられた。うま味をうまく引き出しているのである。東京のものは比率が小さく、昆布出汁よりはかつお出汁が中心であることがわかる。


これらの結果はサンプル数が少ないことの欠点があるものの、関西は昆布とかつお節の両方から、関東はかつお節中心の出汁の取り方をしていることを推測させるものである。昆布の生産が北海道であり、流通機構が関西を中心としていたことが関東への昆布の伝播を遅らせているものと考えられ、かつお節の生産が静岡、千葉、高知、鹿児島と全国的に広がる中で関西でもその入手がたやすくなったことが関西でのかつお節の使用も容易にさせたものと考えられる。関西には、入手がたやすくなった新進のものを取り入れようとする素地が存在すると考えられる。

 日本能率協会総合研究所では、2002年調査結果として「温かいうどんのかけ汁に使う調味料を関西と関東とで比較し、公表している。かつお節・削り節と昆布の使用で見ると、関東は前者のほうが約1.5倍となっているのに対し、関西では1.2倍にすぎない。濃い口醤油と薄口醤油の使用で見ると、関東では前者が3.6倍になっている。関西では薄口醤油のほうが1.2倍多く使われている。同じ研究所の2005年調査でのよく作る味噌汁のだしでも、首都圏ではかつお出汁が圧倒的であるのに対し、阪神圏では「かつおと昆布の味」と「かつお味」が拮抗している。これらの結果は関西は多様な出汁の使い方をしていることを示している。

 政令指定都市での年間一人当たりうどんそばへの消費支出(家計調査年報)は京都、大阪で約2,900円、東京都区部で約2,200円であった。関東よりも関西はうどんへの消費が大きいことが分かった。ただ、都道府県の食料費に占めるパンと麺の割合は北海道、神奈川、愛知、京都、大阪、福岡で大差が見られなかった。

 次の図は、2002年から2006年の全めん通信に掲載されているデータを元に作成したもので、近年の生めん類の生産数量を小麦粉の使用量として示している。うどん、そば、中華の生産量には大きな変化は認められないが、いずれのめん類にあっても近年には全国的にはめん類生産は減少傾向にあることがわかる。

さらにうどんに限定して、各都道府県でのうどんに使用されている一人当たり小麦粉使用量の年次推移を見てみよう(全めん通信および麺業新聞掲載のデータ、国勢調査結果より算出)。下の図は、主要都道府県でのうどんに使用されている小麦粉の使用量を人口で序したものである。東京都と埼玉県は同じ流通圏と想定して、一つの行政単位と仮定して表している。また、この図からは、個人あたりうどん生産の大きかった京都府、愛知県、福岡県での減少傾向が大きいことが分かる。その結果、各都道府県での個人当たりのうどん生産量に差がなくなりつつあることが分かる。地域差がなくなりつつあるのである。

ここでは東京都+埼玉県は京都府や大阪府よりもうどんの生産が多いことが示されている。実際には、東京都での生産が減少し、埼玉県での増産となっているため、東京都+埼玉県では横ばいのようである。関東圏でのめん類の主たる生産県は埼玉県であり、そこで生産されためん類が東京都など関東一円に流通している。神奈川県へも埼玉県から運ばれている。したがって、関東圏という単位でうどんの個人当たり生産量を考えると京都府のほうが大きくなる。流通機構の発達により、生産拠点が形成され、周囲は消費地となってきている。埼玉県は関東でのうどんの大きな生産県であり、関西では奈良県が相当する。人口の大きなところでうどんが多く生産されているということではない。調査対象範囲を関東、関西と広げると、一人当たり小麦粉使用量は地域での差がなくなってくる。


以上のように、うどんを消費と生産という違った観点からみる場合のいずれでも、地域間での差が小さくなってきているといえる。

 本研究では、関西文化を考えるアプローチとして、うどんという食品を対象にして、その出汁のとり方、消費の大きさ、生産量を各地方間で比較した。

 日本人の食生活から生まれた基本味としてうま味がある。そのうま味は、アミノ酸系うま味成分と核酸系うま味成分の大きく2種類が知られている。関東ではかつお節から取り出される核酸系うま味成分(イノシン酸とグアニル酸)が主として使われ、関西では昆布から取り出されるアミノ酸系うま味成分(グルタミン酸)と核酸系うま味成分を混合して使用していることを明らかにした。

昆布は北海道で生産され、北前船で関西へ運ばれてきていた。関西では昆布出汁が中心であったと考えられるが、現在はかつお節と昆布の両方を使っている。うま味の相乗効果から考えると、2種類のうま味を使ったほうがうまく感じる。すなわち関西では、その知識を実践している。この事実から、関西は全国からの情報収集に長けており、よいものを取り入れようとする文化が存在すると考えられる。

また、うどんの消費や生産から見られたように、地域間での違いというものは薄れつつある。すなわち、地域文化の差が希薄になりつつあると考えられる。前述の関西の出汁にみられる関東主体だった出汁と関西主体であった出汁の混合も地域文化の差が希薄になりつつあることを示しているものとも考えられる。こうした地域間での差の希薄化は、情報の伝達が速くなった事や流通機構の発達に起因しているものと筆者は考えている。

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