●2005年11月22日 第24回MKCRセミナー

発表者:佐藤 勝之
      
武庫川女子大学文学部助教授
題目:英語の授業における関西方言の使用状況

日時:2005年11月22日(火)17時~18時30分
会場:武庫川女子大学学術研究交流館 会議室
 
発表要約
英語の授業における関西方言の使用状況
佐藤 勝之
1.プロジェクトの内容と目的

「英語学習における関西方言のもたらす効果」研究プロジェクト[1]

 この研究は、中学校における英語教育導入期において関西圏の生徒の生活言語である関西方言(近畿方言)を積極的に利用することで英語によるコミュニケーション能力の向上を図ろうとするものです。この目的を達成するため、英語の授業における日本語の使用状況を調査・分析して授業改善に資する具体的方法を提案し、さらにこれに基づく授業実践を分析することによりその成果を評価します。今回は報告の一部として、中学校の英語の授業における共通語ないし東京方言および関西方言の使われ方についての調査結果を分析し、以後の展望を考えていきます。

1.1  基本的立場

 選択体系機能言語学(Martin 1992, Halliday 1994, Matthiessen 1995, Halliday & Matthiessen 1999, etc.)によれば、テクストすなわち言語表現は、コンテクストすなわち状況やその背後にある文化の諸要素の具現です。コンテクストには、何が起こっていて、それに人がどのように関わり、どのような言葉で伝えるかについて多様な選択肢が潜在しており、われわれはこれら選択肢群からその場にふさわしい要素を選び取り組み合わせてテクストに具現するのです。このような観点では、特定の状況が日本語でも英語でも表現されるのであり、日本語と英語が直接訳し訳される関係で結ばれることはありません。したがって、コミュニケーション能力を開発することは、状況に関する「表現能力」の養成であり、ある言語の表現を別の言語のそれに置き換える「翻訳技術」の習得ではないのです。

1.2 コミュニケーション能力の開発

 コミュニケーション能力とは、発音能力・文法語彙力・読解力といった言語能力とこれらを実践する社会的運用能力の統合されたものと考えられます。学習指導要領の改訂に伴い、中等教育の英語学習についてコミュニケーション能力を向上させるための様々な方法が試みられているが、いまだ充分に評価できる方法が確立されたとはいえません。実際の授業でいわゆるコミュニカティヴ・アプローチを採用する場合でも、補助手段として日本語を用いることになりますが、関西方言の学習者に対してそこで共通語(東京方言)を用いることは、コミュニケーション学習にかえってマイナスの効果をもたらす場合が考えられます。関西方言話者にとって共通語は生活言語でないため、「生活言語(関西方言)→共通語(東京方言)→目標言語(英語)」という煩雑な心的過程を強いられることになるからです。この図式から共通語を取り除き、「生活言語目標言語」(およびその逆)の回路を用いることで生活言語の場面に即したコミュニケーション能力の向上を図ることができるのではないかと考えます。

1.3「行かなければなりません」対「行かなあかん」

 具体的に見てみましょう。話し手がやりとりの場を立ち去らねばならないときの言い方として、I must be going.という表現をしばしば学習しますが、これを「もう行かなければなりません」と訳させることが関西方言話者にとって適切かどうか。実際の使用場面を考えれば「もう行かなあかん(わ/ねん)」といった表現がふさわしいはずです。教員はこうした例を場当たり的に、また非公式に生徒に示すのではなく、あらかじめ体系的に収集・整理し、公式に提示する必要があると考えます。

 その際、対照言語学的方法が有効でしょう。まずはより大局的な視点、つまり語用論的ないし言語生活的側面に関して、例えば、

 ・例:話し手がやりとりの場を立ち去らねばならない状況(コンテクスト)

→状況を表示するテクスト

I must be going. (目標言語)
・もう行かなあかん(生活言語
(・もう行かなければなりません(共通語:敬体))
(・もう行かなきゃだめだよ(東京方言))

といった対応関係があることを生徒に示し、「must=~なければならない」と教条的な翻訳をする必要がないことを理解させることが大事でしょう。そして必要があれば、より細かく語彙文法的側面から見て、英語の「must+動詞の原形(go)」が、日本語の共通語では「動詞の未然形(行か)+なければならない」だが、関西方言では「動詞の未然形(行か)+なあかん」に対応するといった整理をすることも有効でしょう。

1.4 「関西方言」とは

 この研究で使っている「関西方言」(「近畿方言」「関西弁」)とは、作業仮説的な用語であって実際の中身は多様であり、地域・年齢層・性別・職業等によって様々な位相を示しています。しかし、音韻(アクセント体系)を中心に共通の特徴を持ち、また、音韻・語彙および言語運用に関して全体的に東京方言(共通語)と多くの異なる点を持つのも事実です。

 この研究で調査対象としているのは阪神間の学校であるため、ここで言う関西方言は事実上、大阪府北西部ないし兵庫県南東部の方言に限定されます。この研究では原則、共通語と語形上の区別のあるものだけを関西方言とします。したがって、京阪式アクセントであっても文末がいわゆるデス体の場合は「共通語」と見なすことにします。(これは、実際の授業を観察したときに、どちらのアクセントか判別しにくいといった技術的な問題以上に、話し手の「共通語」で話そうとする意図が汲み取れる場合には積極的に「共通語」と判断するということです。こうした捉え方は「東京方言」の調査としては不適切かもしれませんが、「共通語」の捉え方としては適切だと思われます。)したがって、頻出する動詞連用形テ形は「言うて」などウ音便を生じる場合だけを関西方言とします。また、神戸市を中心に使われるテイル形異形「(し)とう」等の地域方言は、一括して関西方言と見なします。

1.5   研究計画の全体

 この研究は以下の5項目からなり、順次具体的な作業を進めていきます。

 (1)授業における関西方言の使用状況の観察
    (a)コンテクストないし音声テクスト
    (b)書記テクスト

(2)
教科書(Teacher’s Manual)の見方
 
 (3)英語科教員および生徒の言語意識に関する調査

 (4)関西方言を利用した英語学習
    (a)教材作成
    (b)授業設計

 (5)関西方言を利用した授業の実践と効果の測定

2.授業における関西方言の使用状況

 それでは、関連する先行研究を概観し、次に、英語の授業においてどのように関西方言が使われているか調査の結果を分析しましょう。

2.1 先行研究

 日本語話者の言語行動について、方言と共通語はどのように使われているのか、先行研究を見てみましょう。真田信治(2003)によれば、現在の一般的状況は、かつてのような「方言のほかに共通語を話す」のではなくて「共通語のほかに方言を使う」という2つの言語コードを使用するバイリンガル的状況であり、その方言も「共通語の干渉を受けた中間的言語変種」のようです(115頁)。そして一般に、友人同士の会話などカジュアルな場面では方言コードが、接客などフォーマルな場面では共通語コードが優勢です。またこれらが混在する談話では「話し手の心情を強く主張するようなときは方言が使われ、感情を抑え、より客観的に述べるときは共通語が使われる」と言います(126-7頁)。

 方言と共通語の働きを子供の言語獲得の観点から見る友定賢治(2003)によれば、方言は状況を共有する者同士の「ツーカーことば」、「つながりことば」なのに対して、共通語は状況を共有しない複数の相手に自分の経験や意見を述べる「語りことば」であり、学校の授業を通して身につけていく「わきまえことば」であるとします(192頁以降)。友定の例で興味深いのは、教師の指示やそれを受けての生徒の発言など、授業の本筋の展開に関わることばは共通語なのに対して、筋から外れた生徒の質問やそれに対する教師の答えが方言でなされるという点です。共通語が建前のことば、「改まり語」として機能していると言います(194頁)。

2.2 調査結果の分析

 それでは、1.5(1)に関する調査結果を報告しましょう。先行研究にもあったように、英語の授業においても大局的には「形式ばらない談話」に方言形がよく現れることがわかりました。

2.2.1  教室談話の分析

 (1a)に現れる教室の授業でのやりとりは、教員-生徒間(T-S)と生徒同士(S-S)に大別されますが、授業展開に重要なのは前者T-Sです。T-Sは以下のように分類されます。

 T-S(i) 教員から生徒へ(TS) 
      (ia) 生徒全員(ないし多数)に向けての発言(TSS)
    (ib)
個別の生徒への発言(TSn)
      (ic) 非交換的発話(独り言)(T)
    (ii) 生徒から教員へ(ST)

 T-Sは、(i)教員から生徒へ(TS)(ii)生徒から教員へ(ST)の2方向に大別され、(i)はさらに、(ia)生徒全員ないし多数に向けての発言(TSS)(ib)個別の生徒への発言(TSn)とに区別されます。また一部に、(ic)教員の独り言等交換的でない発言(T)があります。

 ここで教員は、共通語の(a)デス体と(b)ダ体および(c)関西方言形という3種の言語変異(variation)を巧みに使い分けていることがわかります。生徒全員に向けての発言(TSS)では基本的に(a)デス体が使われますが、一部に(b)ダ体と(c)方言形も使われます。他方、個別の生徒への対応(TSn)では(a)デス体も使われますが、(b)ダ体ないし(c)方言形が積極的に使われるようです。以下に採集した教室談話から例を示します[2][3](文例後の括弧書きは、文の形式的分類とその主な談話機能を示す)。

TSS

  (a)デス体:
   ・はい、じゃあ始めます。(陳述文:話者の意志)
    ・希望するとか望むという意味です。(陳述文:説明)
   ・何々される何々されたという文章でしたが、(陳述文:説明)
   waswereでしたね?(質問文:確認)
   ・準備できましたか。(質問文:確認)
   ・省略されていると考えてください。(命令文:指示)
   ・まずはじめに基本的なもの見ていきましょう。(命令文:勧誘)

  (b)ダ体:
  ・主語が来て、そのあとなにが来るの、受け身は?(質問文:問いかけ)

   ・名前なににしよう?(質問文:問いかけ)

  (c) 方言形:
  ・はい、なになにによってやったね。
(陳述文:確認)
   ・そんなん、隠されてたら分かれへんやん、ということになんねんけど、(陳述文:説明)
   こんなん言われたらいややろうけども、(陳述文:推量)

 TSn

  (a)デス体:
   ・funってどんな意味ですか、Kさん、(質問文:問いかけ)
   usefulはどうですか、Yさん。(質問文:問いかけ)

  (b)ダ体:
    ・ちゃんと調べてある?(質問文:軽い叱責)
  ・早く持ってきて。(命令文:指示)

  ・Aちゃん座って。(命令文:指示)


  (c)方言形:
   ・ノートに書くてさっきから言うてる。(陳述文:軽い非難)

 T(非交換的発話

 (c) 方言形:

    ・焼く、焼くにしよか。
  ・ちゃうわ、

 TSS(a)デス体が多用されるのは、授業開始の発言や授業内容の説明・確認など、生徒全員へ向けての発言が基本的にフォーマルなものと捉えられているからだと思われます。同じ全員ないし多数への問いかけでも、授業の流れによってフォーマリティーが要求されないときには(b)ダ体ないし(c)方言形が使われます。(ここでは便宜上(b)(c)を二分しましたが、アクセントを考慮するとこれらの区別が困難になる場合があります。)また、(c)の用例はTが生徒に感情移入したときの発言と見なせるでしょう。

 TSnの場合、教員によって要求するフォーマリティーの度合いが異なり、これが(a)(b)の違いになって現れていると言えます。個別の生徒とのやりとりに関するフォーマリティーの違いは、STの発言の形にも反映しており、あるTに対してはSはみな方言形を用い、別のTに対してはそうではないということが生じています。

 (a)デス体、(b)ダ体、(c)方言形は単に、それぞれ「丁寧」「普通」「ぞんざい」の3種の待遇表現に対応すると言ってもよいのですが、これらの言語形式の使用には、教員―生徒間の「力関係」と「親疎関係」が複雑に絡んでいると考えるべきでしょう。(「力関係」とは言い換えれば「上下関係」であり、教員が制度的に置かれている「強い立場」ないし「上の立場」を示す形を、生徒に対して用いるか用いないか、用いるとすればどのようにかという点に現れる社会関係であり、他方、「親疎関係」とは「社会的距離」であって、生徒とのやりとりで教員が求めるフォーマリティーの度合いに現れる社会関係であると言えます。)もちろん教員によってどの形式を好んで用いるかは異なるわけですが、3種の形が生じる環境は概略同じものだと言えます。

 これに対して、学習内容である英語表現を説明するのに教員が使う日本語は、生徒とのやりとりで使うものとは異なり専ら(a)デス体か(b)ダ体であって、(c)方言形の場合はまずありません(以下の例を参照)。


  ・(a) わたしたちは英語を勉強しなければいけないと、あなたは思いますか 
   (cf. (c) わたしら英語勉強せなあかん思う?)


 (b) わたしたちのホームページが楽しくて役に立つんだ、

 実際の授業中の生徒からの働きかけには方言形が見られるものの、授業内容に関わる教員の言葉遣いでは(a)が使われてしまい、cf.(c)のような表現が使われることはまずないのです。

2.2.2 学習ノートの分析

 次に、1.5(1b)に記した生徒の学習ノートを調べてみましょう。学習ノートでは、(a)デス体もしくは(b)ダ体が現れるのみで(c)方言形はまったく現れません。書記テクストでは話し言葉も(b)ダ体の「東京方言」(この地域の子供たちが「東京弁」と認識しているもの)が使われていることが、とりわけ注目に値します。

 (a) デス体:
  ・スーとタクとゆかはソウルにいるミン・スーの所に遊びに行きます。(地の文)
  ・それは600年以上前に建てられました。(説明文)

 (c)  ダ体:
  ・古い市の門に違いないわ(会話文)
  ・待ちきれなかったんだよ。(会話文)
  (cf. 待ちきれなかったんや/なかったんよ/なかってん。)

 このように、説明調の談話の場合にはデス体が使われる一方で、友人同士の会話であっても(擬似)東京方言形が用いられ、自分たちがふだん使っているはずの関西方言形はまったく登場しないのです。これは、教員の英語表現についての説明がデス体もしくはダ体によってのみ行われていることと呼応します。
 東京方言に基づく「書き言葉」が共通語として確立していることはよしとしても[4]、日常の話し言葉を含む「書記テクスト」から若い世代が関西方言を駆逐してしまっているとすれば、最大の勢力を誇る関西方言でさえ、今や絶滅危惧状態にあると言っても過言ではないでしょう。

3.教科書(Teacher’s Manual)の見方

 1.5(2)に従って、今度は英語の教科書に現れる日本語を調べてみましょう。英語科教科書とその教師用指導書であるTeacher’s Manualは、関西方言を含む地域方言の衰退と変容を結果的に助長していると言えます。

 例として、広く採用されている三省堂のNEW CROWN ENGLISH SERIES 1Teacher’s Manual①解説と指導の「まえがき」を見てみましょう。NEW CROWNは編集方針の1つとして、「母語・共通語・公用語など学ぶべき言語の種類、少数先住民の言語権の問題など、さまざまな言語問題を取り上げて」いると言い(iv)、実際、2年生のNEW CROWN 2Lesson 7Ainuを取り上げ、「日本は単一民族の国ではありません」という副題をつけて、アイヌ料理からアイヌの織り物・アイヌ語の教育まで扱い、短いながらも「内なる異文化理解」を考えるセクションを作っていることは注目に値します(52-55)

 ところがその一方で、このLessonの本文を補足説明する日本語表現は、”Then”を「それじゃあ」、”Language classes?”を「アイヌ語教室ですって」などと、無批判に東京方言の話し言葉を用いています(下例を参照)。はっきりと言語系統の異なるアイヌの問題は学習テーマにまでなるのですが、(NEW CROWNの編集委員に関西や九州の大学の教員が少なからずいるにも関わらず)日本語の中にある「内なる異文化」は意識化・対象化さえされていないのが現状です。このように、「共通語」ではなく「東京方言」のヘゲモニー(覇権)が、私たちの意識の深くにまで行き渡ってしまっているのです。

・無批判な東京方言の使用

 例:How are you? / 元気?-Fine, thank you. / 元気だよ。

(三省堂 NEW CROWN 12002年,2-3頁)

   “Then…”「それじゃあ」
(三省堂 NEW CROWN 2 Teacher’s Book2002年,52頁)


    “Language classes?”「アイヌ語教室ですって」(同上,54頁)

4.まとめと展望

 このプロジェクトの教育的目的は、英語表現を説明する補助手段として方言を活用せよということでしたが、そのためには地域方言の「格上げ」が必要になります。しかし、それは教室内の問題を超えて、一般の関西方言話者の意識の中にある方言間の「力関係」、すなわち東京方言のヘゲモニーを変えるということであり、実はかなり厄介な仕事なのです。

 現代の日本社会の中で生活する私たちは、経験や状況を共有する人々ばかりでなく、異文化を背景にもつ場合も含めて様々な位相の人々とやりとりする機会が急速に増加しています。その際、Bernsteinの言う「限定コード(restricted code)」としての「方言」のみならず「精密コード(elaborated code)」としての「共通語」を習得していることが社会的に求められていると言え、国語教育によってこの一部が成し遂げられているとすれば、むしろ望ましいことと言えるでしょう。他方、英語教育の場合、「使える英語」「コミュニケーションの道具としての英語」を身につけさせよという社会的要請がますます強くなる中で、とりわけ英語導入期に提示される会話教材がこの「改まったコード」の中に組み込まれてしまっているというのは大きな矛盾です。もちろん、他の教科同様、授業運営としてのフォーマリティーは必要なのですが。

 現実的に可能なのは、英語という教科の授業のフォーマルな枠組みの中で、生徒たちに特定の場面についてインフォーマルな(日常的な)やりとりをシミュレーションさせ、それと教材のテクストが対応することを擬似体験してもらうことでしょう。これらについての具体的な授業設計と教材作成は次回での報告となります。



[1]このプロジェクトは、武庫川女子大学文学部 市川真文教授との共同研究です。
[2]教室談話の収集については武庫川女子大学附属中学校の多大な協力を得ました。ここに謝意を表します。
[3]授業で用いられている教科書は、光村図書COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE 2(平成14年)です。
[4]光村図書発行の中学校国語科教科書「国語1」(平成16年)には、話し言葉では「方言を使うこともあるだろう」とする一方、書き言葉の場合は「だれが読んでもいいように、きちんと文章を整え、共通語を用い、「だ」「である」「です」「ます」といった一定の書き方をする」と明確に述べて、書き言葉で共通語を用いるのを当然のこととしています(74-75頁「話し言葉と書き言葉」)。

参考文献
Halliday, M.A.K. 1994. An Introduction to Functional Grammar, 2nd ed. London: Edward Arnold.
Halliday, M.A.K. and Christian M.I.M. Matthiessen. 1999. Construing Experience through Meaning: A Language-Based Approach to Cognition. London: Cassell. 
Martin, J.R. 1992. English Text: System and Structure. Amsterdam: John Benjamins.
Matthiessen, Christian M.I.M.1995. Lexicogrammatical Cartography: English Systems.
Tokyo: International Language Sciences Publishers.
ザトラウスキー,ポリー(1993) 『日本語の談話の構造分析-勧誘のストラテジーの考察-』くろしお出版
真田真治(2003)「方言と共通語の使い分け」北原保雄監修『朝倉日本語講座9 言語行動』朝倉書店
三省堂(2002)NEW CROWN ENGLISH SERIES 1』(文部科学省検定済教科書外国語科用)
三省堂(2002)『NEW CROWN ENGLISH SERIES 1 ①解説と指導』
三省堂(2002)NEW CROWN ENGLISH SERIES 2 ⑤Teacher’s Book』
友定賢治(2002)「方言の習得」北原保雄監修『朝倉日本語講座10 方言』朝倉書店
光村図書(平成16)『国語1』(文部科学省検定済教科書中学校国語科用)
光村図書(平成14)COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE 2』(文部科学省検定済教科書中学校外国語科用)
Top




Home


Copyright(C) 2004-2005 MUKOGAWA Kansai Culture Research Center. All Rights Reserved.