●2005年6月14日 第16回MKCRセミナー

発表者:毛利 正守氏
      
大阪市立大学文学部教授
       サブプロジェクトb7リーダー
題目:日本書紀にみる外来書の引用と利用

日時:2005年6月14日(火)17時~18時30分
会場:武庫川女子大学学術研究交流館 会議室
 
発表要約
日本書紀にみる外来書の引用と利用
毛利 正守

  日本書紀の中には、外来書を参照したり利用したりする箇所が認められる。ただし、利用する場合に、書物の名を挙げて引用するのは限られており、中国の書では、魏志(三ケ所)、起居注(一ケ所)、古代朝鮮の書では、百済記(五ヶ所)、百済新撰(三ケ所)、百済本記(十八ケ所)に留まる。日本の書物では、伊吉連博士徳書(四ケ所)、難波吉士男人書(一ケ所)、日本世紀(四ケ所)、日本旧記(一ケ所)である。また、書名を挙げないで引用するものの中には、外来書もあろうかとみられるものの、その多くは日本の書であるとみてよいが、一書(七十一ケ所)、一本(二十九ケ所)、或本(六十一ケ所)、旧本(五ケ所)、別本(二ケ所)、一(八十二ケ所)、或(二十ケ所)などと極めて多く存在する。

 一方、外来書の中で、従来一般に所謂「潤色」と称される書、即ちそれは引用というかたちでなく、書名も挙げることのない利用であるが、そうした外来書としては、史記・漢書・後漢書・三国志〈呉志・魏志〉・梁書・隋書・芸文類聚・文選・金光明最王経・淮南子等が挙げられる。このように渡来書が日本書紀筆録に際して、一方では書名を明示しての引用、他方では引用ではなく書名も明示しないという在りようが存するのであるが、両者の相違は何に基づくのであろうか。またその両者をどのように位置付けたらよいであろうか。

 書名を挙げて引用する外来書を眺めてみると、中国の書であれ古代朝鮮の書であれ、いずれもその引用される外国の書物の中に、日本のことがらが記されていることが注目される。外側から日本が捉えられるといった、日本との関わりを有する場合に書名をもっての引用であることか知られる。対して、外国の書のうち、それを利用しても引用ではなく、また書名も明示しないかたちをとるのは如何なる場合であろうか。

 日本書紀には、各巻の冒頭に綏靖天皇や崇神天皇など天皇の性格や容姿について形容した文章が多く存在する。それらの表現には『晋書』王衍伝・傳咸伝や『文選』呉都賦・阮嗣宗、『漢書』叙伝下・成帝紀、『後漢書』郭太伝、『蜀志』劉封伝、『魏志』明帝紀、『周易』屯卦など中国の書物の中の表現が用いられている。そうした漢籍からの利用である。しかし、その利用のし方はけっして漢籍の書名を明記してのことではない。

 中国の文献の書名やその書の内容を明示しない形での利用は、あくまで利用であり、その利用された内容は、基本的に「日本のことがら」が記されていることになるのである。このあり方が更に徹底しているのは、巻十一、仁徳天皇六十七年、是歳の天皇を聖帝として称賛する条、あるいは巻十七、継体天皇元年二月の大伴金村大連が璽符を奉り、男大迹王(継体天皇)が即位する条の、相当長い一文が『淮南子』脩務訓、あるいは『漢書』文帝紀に拠っており、省略する所、また主語を変換する所などが多少認められるが、長文がそのまま利用されているというそのあり方である。それらはあくまでも利用であって、中国の淮南子や漢書の内容であっても、それが日本書紀の中にこの形でとり込まれることによって、その内容は日本のことがらとしての記述であるということである。

 こうしたあり方を踏まえて、日本書紀冒頭部分を眺めてみよう。

 古天地未剖、陰陽不分、渾沌如鶏子、溟涬而含牙。及其清陽者、薄靡而為天、 重濁者、淹滞而為地、精妙之合搏易、重濁之凝竭難。故天先成而地後定。然後神聖生其中焉。

 故曰、開闢之初、洲壌浮漂、譬猶游魚之浮水上 也。于時天地之中生一物 。状如葦牙、便化為神。号国常立尊至貴曰尊、自餘曰命。並訓美挙等也。下皆倣レ此。 次国狭槌尊。次豊斟渟尊。凡三神矣。乾道独化。所以成此純男

 一書曰、天地初判、一物在於虚中。状貌難言。其中自有化生之神。号国常立尊。 亦曰国底立尊。次国狭槌尊。亦曰国狭立尊。次豊国主尊。亦曰豊組野尊 、亦曰豊香節野尊、亦曰  二 浮経野豊買尊、亦曰豊国野尊、亦曰豊齧野尊、亦曰葉 木国 野尊、亦曰見野尊

 一書曰、古国稚地稚之時、譬猶浮膏而漂蕩。于時国中生物。状如葦牙之抽出也。 因此有化生之神。号可美葦牙彦舅尊。次国常立尊。次国狭槌尊。葉木国、此云播挙矩爾。可美、此云于麻時

 一書曰、天地混成之時、始有神人 焉。号可美葦牙彦舅尊 。次国底立尊。彦舅、此云比古尼。(以下、省略)

 正文の冒頭部分、とりわけ傍線部の「故曰」以前は周知の通り、淮南子や三五暦紀(芸文類聚<天部>及び太平御覧<天部>所引)等の漢籍に拠っている。しかもそれはあくまで淮南子等に依拠するのであって、淮南子にしかじかあるといったごとく、その書名を挙げての引用ではない。このように書紀冒頭部分は、外国の書物(漢籍)を利用して記述されるが、その在りようは、綏靖天皇や崇神天皇の形容や、また仁徳天皇条・継体天皇条の長文にみる利用のし方と全く同等ではないにせよ、通じるところがあるとみてよい。どちらも漢籍を利用しながら日本のことがらとして語る立場なのである。ただし、この冒頭部分は日本そのものではなく、日本が誕生する以前の宇宙観が語られているということになろうか。それにしても、いずれそれは日本に繋がっていくこと、日本が誕生するその基盤をなすものとして語られていると把握するのがよいであろう。

 確認しておくべきことは、この冒頭部分は日本のことを離れて語られているのではない、日本のこと、日本に通じる神話として語られているという点である。その記述は、日本ばかりでなく大陸にも通用する宇宙観でもって日本の開闢を語るということがねらいであったか。

 伝承があっても、書紀にとり挙げられない、記されることのない伝えが、一方で存する可能性は十分考えられ、従ってそうしたことを念頭においておかねばならないが、天地の生じ方、とりわけ天の成り立ちを語る所伝が冒頭部分に限られ、しかもそれ自体が、冒頭から「故曰」以前まで、いずれも漢籍に依拠するものばかりであることを考え合わせると、日本では天の生じ方を伝える内容がそれほどはっきりとしたかたちで語られていなかったのではないかと想定もされる。とは言うものの、本来、日本にかかる伝承がなかったと否定的に断定してしまうことは、避ける方がよいのかも知れない。しかし、いま、仮に日本にそれが在しなかったとしても、またそれゆえに漢籍の利用に終始する在りようとして現れているのだとしても、日本書紀として、日本のことを記すという書物の冒頭にそれを据えたことの意味は重く受け止めるべきであり、そのことを日本書紀の中でしっかりと位置づけていくことが望まれる。「故曰」以下がとくに日本の神話だというのではなく、「故曰」以前も、書紀の基本的な立場として、とりわけ日本を冠する「日本書紀」の記述として、冒頭からその方向は日本に向いており、日本のこと、日本に通じることが語られていると把握するのがよいであろう。

 日本書紀が参考にし、利用した書については、従来、一般に、漢籍などの文飾(潤色)は文飾の問題として、また書名をもつ引用書はそれとして、また一書は一書として、それぞれが別個に論じられてきたきらいがあるが、今回はそうした書の利用のし方を全体的にまた総合的に眺めていくならば、如何なることが言えるかという観点から論を進めたものである。




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