●2005年1月20日 第10回MKCRセミナー

発表者:大谷 孝彦 氏
      
京町家再生研究会 設計事務所ゲンプラン
       サブ・プロジェクトe1メンバー
題目:京町家の再生と京都の都市景観
日時:2005年1月20日(木)17時〜18時30分
会場:武庫川女子大学中央キャンパス
    中央館(中央図書館棟)7階708教室(C-708)
 
発表要約
京町家の再生と京都の都市景観
大谷 孝彦
はじめに
文化を考える一つの切り口として京都の町家を取り上げてみたい。長い時間の経過、蓄積の中で、住まい手である住人と建物を造る職人の感性の中に人間文化の一面を垣間見ることが可能であろう。また、京都は関西の一拠点であり、そして、京都から全国へ文化を展開している。町家に関しては、全国に城下町が作られたとき、京都の町家の形が地方へ伝えられた。また、北前船によって、そのルートの拠点に伝播して行ったということもある。地方の大きな民家を訪ねると、作庭については京都の庭師が招かれていることがある。そのように京都の文化が地方へ伝播している。

1. 京町家と都市景観
イ)京都の都市景観、及び、京町家の状況
京都は平安の時代から都として、条坊制による都市が構成され、大きな通りの傍らに、小屋(家)、店(商い)、桟敷(通りの見物)を兼ね合わせた用途で建てられたのが町家の始まりであり、その後、長い年月を経て、現在の町家に至っている。その経過の全てが京町家の歴史性である。京都の都市景観は町家を一つのベースとして構成されてきた。杉本秀太郎氏は「かつての京都の町並みには、整序があり統一があって」、一方、「おのずとみやびやかな差異が生じ」ていた。「統一における差異というものが、京都という都市の景観の美しい特色をなしていた」。そして、今は、ただ勝手放題な差異がむき出しになって、町並みはがたがたであると言う。※ 近年、バブル期を頂点として、多くの町家が壊され、景観の破壊、混乱を招いてきた。改めて、美しい都市景観を再生する必要がある。現在、京都の都心部には28、000軒もの町家が存続している(平成10年度京都市調査)。町家が壊される原因は、維持費の負担困難、高層建物による立地環境の悪化、防災上の不安など様々である。その後の追跡調査(平成15年度)では、都心部で13%の減少がみられる。減少の速度は少し遅くなったというものの、相変わらず町家の破壊が続いている。しかし一方で、自分の家が京町家であると認識する町家住人が増え、最近は、急速に町家への関心が高まり、店舗などへの事業活用も増え、一種の町家ブームとも言える状況がある。その中で、町家の歴史性を感じることができない、不適切な町家活用や町家改修も見受けられる。

都心の町並み


杉本家外観


路地
写真説明                   
・都心の町並:町家の町並みに大小のビルやマンションが割り込み、無秩序な景観を作っていく。 景観は外観だけでなく、その内にある、くらし、伝統技術をも取り入れた視点が必要である。
・杉本家:代表的な町家外観。二階が低く、虫籠窓のある古い型、二階が高くなった昭和初期の型などいくつかの様式がある。杉本家について、全体の統一感と二階屋根の高さの変化がある。
・路地:小さな祠がある路地奥の空間。

※杉本秀太郎:「町家住まいの記」 淡交社 京の町家

ロ)町家再生による都市景観の再生   
経済性、技術進化優先型の価値観への反省が求められる社会状況の中で、歴史的なストックを活かした持続的なまちづくりが求められる。歴史、文化の集積した歴史的資産を活かした持続性のある都市再生が行政の施策としても取り上げられるようになってきた。平成16年には景観法が施行され、国によって始めて景観に関する基本的な法が制定された。景観重要建造物の指定を受けることによって、相続税が軽減されるなどの支援制度も取り入れられつつある。町家は歴史を積み重ねて来た木造都市住居であり、今もそこに引き継がれて来たくらしや生業と伝統職人の技とが息づいている。このような町家は歴史性の体験可能なストックであり、都市の価値ある資産である。
 基本的に、町家再には次のような意義がある。
 ・歴史、文化の集積としての歴史的資産を活かした再生であること。
 ・職住共存する建物として、コンパクトで活力ある都心居住と経済活性を促す。
 ・ヒュ-マンスケールで洗練された意匠、秩序性のある質の高い町並み、都市景観を構成する。
 ・低層建物、庭緑地などによる良好な都市環境を形成する。  
 ・自然環境共生、資源循環型を目指す今後の社会に適合する。 
・人の係わりが密で、豊かなコミュニティーを形成する。

2. 京町家とは 
イ)京町家の歴史性
京町家は伝統的木造都市住居として、どのような特性を持っているのか。京町家は、 歴史都市という密度の高い都心の住居、職住共存の場、伝統的木造建築である。このような基本的な条件のもとに、長い歴史の中で「くらしと建物」が相互に密接に係わり合いながら、町家としての特徴、歴史性を作ってきた。町家には建物、くらしの維持保全のために、お出入りという形の住み手と職人との相互の連携のしくみ、システムがあり、町家は住人と職人のお互いの意に通じた感性の基に、創造され、継承されてきた。単に今ある形だけでない、連綿と蓄積されてきた形と心の総体としての歴史性である。

ロ)くらしの感性と建築的特性
 京都の街は密度の高い都市空間として構成されてきた。当初の条坊制により、大路,小路によって区画された、40丈(約160m)四方の区画が、四行八門の32区画に分けられていた。基本の形を街路構成として残しながらもまちの移り変わりがあり、町家の敷地構成も変化を見ながら展開されてきた。中世の応仁の乱の頃は街が大きく衰退したが、その後、町衆による復興がみられる。戦乱の世が終わり、世の中が安定すると、秀吉の都市改造計画により、大路,小路による40丈角の区画の中央に南北の路が組み込まれ、それらの街路に面して、短冊形の町割りが密度高く構成された。それらは、間口が狭く、奥行きが深い、所謂、うなぎの寝床と言われる形態である。横方向は壁によって完全に隔てられ、空間の広がりは奥行き方向にしかない。このような、町家の特徴ある都市的平面形態が、そこで行われるくらしに影響を与え、京都らしい、くらしの感性と建築的特性の形成に大きな影響を与えて行ったと思われる。
京町家のくらしには、町衆の生活文化として、基本的には次のような特徴がある。
・ハレとケの節度、格式の尊重、両側町コミュニティーとしてのご町内の連帯と規律などの秩序性(けじめ)のあるくらしであり、
・自然の感受、しつらえ、作法などにみる繊細な美的感性、精神性のあるくらしである。   

ここで、町家の内部空間構成の特性をくらしの感性を重ね合わせて確認してみたい。
○土間の「通り庭」と畳間の「おいえ」という二種の特徴ある空間が対比的に共存し、それぞれが表から奥へ連続(貫通)している。それぞれの空間は、店、玄関、はしり、において相互の係わりの接点を持っている。          
○通り庭―
・幅が狭く、表から奥への貫通している通り抜け土間空間である。
表の店の部分における商売接客空間、玄関部分の来客受け入れ空間、奥の主家部分の炊事など日常生活空間、などの多様な用途が各部分空間に集約され、分節されながら全体として繋がっている。貫通、連続と分節が共存する空間であるが、それぞれの場に係わる人によって、けじめを持って、くらしこなされてきた。商用の人は玄関には立ち入らない、客は決して内輪の空間であるはしりにまでは入り込むことがない。
・表と内をつなぎ、表と内の機能と様相が重層する空間であり、表と内の中間領域であると言われる。玄関部分にある中庭の自然要素による演出もあり、外から内に入る経路の中で息抜きをし、「間合い」を感じる空間の構成となっている。「間合い」は日本文化の特徴ある感性でもあり、町家の日常のくらしにおいて、ごく自然に感受され、くらしに美的意味合いを添えている。  
○おいえ―                               
・奥行き方向に連続し、通り抜ける空間であると共に軽い建具によって分節される。分節と連続という二重の空間の性格が重層する。それ故に、曖昧性のある空間であるともいえる。最奥には床、床脇違い棚がしつらえられた格式のある座敷が設けられる。空間の格式は、奥行き方向に段階性を持って高められる。分節化された連続性によって心理的に奥行き感を高められる。曖昧性のある空間は格式という精神的なけじめによって、くらしの秩序が保たれているのである。
・座敷の奥には前栽(座敷庭)があり、表家と主家の間には中庭(坪庭)が設けられる。部屋内のくらしは庭の季節の移ろいを取り込み、自然と一体となったものとしていとなまれる。ここでは、内と外が共存し、そこには、風が通り抜けるという物理的な係わりだけでなく、精神性の高い、美的な感性が介在している。

中庭


祇園祭の表
・中庭:狭い空間に天空からの光が届く。家の内に取り込んだ小宇宙。
・祇園祭の表:奥の庭まで貫通した奥行きを見通せる空間の構成。(ハレの日)

冬座敷


夏座敷
・座敷と庭:座敷と連携したお庭。夏座敷と冬座敷。      
 日々のくらしにおいて、簾や窓際の明かり障子を通して季節、時間の光の変化が楽しめる。

くらしの感性に意味づけられた建築空間特性


このように、共存し、重層する空間の相互の係わりは、単に、無機的に間仕切られたように見える町家の平面に、多様で、かつ、有機的な全体の空間の複合的構成を実現している。ここに暮らしの感性によって意味付けられた町家の建築空間の特性が明らかになる。一つには、表から奥への方向性の強さであり、それは、「通り抜け(貫通性)」あるいは、「(表から奥への)格式の高まり(段階性)」として現れる。そして更に、襖・障子による部屋の「分節」あるいは「連続」した使われかたによる「空間機能の重層性」、奥行の中に配された、通りにわとお家、あるいは、中庭、前栽と部屋という外と内の「空間の共存性」などの空間の意味特性が見られる。
重層性、共存性は、複数の要素が空間的、時間的な「かかわり」を持って成り立つ特性である。それは、空間の意味にあいまいさを含んでいるといえるが、そこで営まれる、間合いをみる、けじめをつける、というようなくらしの感性の下において、美的化、秩序化される。逆に言えば、美や秩序というものが、係わりに関する意味付けであると言うことである。これらの建築特性は、「美的意味合いのある秩序性」によって意味づけられた建築特性であり、町家の中に積層した京町家の一つの歴史性である。このような歴史性は、町家の記憶となり、町家を象徴する。町家を町家として印象づける、象徴としての意味的記憶である。

ハ)職人の技と感性                          
職人の技は地域の風土と一体化し、永年の経験、修練とその伝承の中で蓄積されてきた技術であり、それゆえに、京町家に係わる職人の感性に基づいている。それは、合理性と建物を美しく見せる感性の両面性、多様性と総合性のある伝統技術であった。
それは、具体的には以下のような内容になどの中に集約されている。
・力を柔らかく吸収するメカニズムに統一して全体が構成される構造や、仕口、継手などの構法。
・素材の大きさを押えること、古材の繰り返し活用、寸法の標準化、素材の規格化と建具などの転用可能、隣家と密接した間口の狭い敷地における建て起こし。
・建物の傷みの点検の容易さ、職種の細分化、専門化とそれを統合するしくみ、技術伝承、お出入による施主との連携と保守メンテナンス、などの様々なシステム。

ここで外観についての意匠の特性を見てみると、町家の表外観には、屋根,庇の質感ある水平性の下に強く秩序づけられる空間構成があり、屋根、庇の水平性の下に、格子、大戸、揚店などの多様な要素が組み込まれている。また、真壁造の木の軸組によって構成される直線的な構造美がある。地方に見られる漆喰で塗り固めた民家に対して、木部を現しにしている京町家は防火構造とならず、延焼防止に対しては不利であるが、京都では木の表情豊かな建築美にこだわり続けた。地方に見られるような、防火壁となるうだつも最終的には発達せず、漆喰に見事な彫刻を施す左官による鏝絵も行われない。過剰な装飾を好まず、シンプルに自然のままを表現するのが京都の美意識であった。

町家の格子はその寸法は縦桟とその間の寸法を揃える(木間返し)という秩序性を持っている。太い親格子の間に子格子を1,あるいは、2,3本と挟みこみ、また、着物、繊維を扱う店においては、適度の明るさを室内に取り込むために、子格子の上部を切り取る。このように、合理性、秩序性をもってなされているのが京格子であり、繊細で優美な意匠性を持っている。。また、表の格子は取り外し可能であり、仕切でもあり、開口でもあるような表格子の表情は両義的である。軒庇下の空間は本来、表と奥の中間領域であり、祇園祭の時には通りの人に解放される。

準棟纂冪
写真説明
玄関の奥のはしりにわの上部は屋根下までの吹き抜けには、大きな梁と束、貫の組み合わせによる見事な架構があり、大工はこれを準棟纂冪(じゅんとうさんぺき)と名づけている。構造的な必要性よりも大工の腕の見せ所であったと言われる。

町家の外観、格子に代表される建物構成要素、通り庭上部の木組みなどにも、美的意味合いのある秩序性に特徴がある意匠性がある。これが、町家を創る職人の感性の中にみる町家の一つの歴史性であろう。

3.町家の再生
イ)町家再生の理念と手法 
町家の再生とは、歴史・文化を引き継ぎ、活かしながら、その中に、新たな機能、技術、感性を適切に取り入れて行く、個性と持続性のある創造的行為である。
伝統木造都市住居としての歴史の中で創り上げられた、優れた特性としての歴史性の継承と、新たな機能、技術、現代的感性を適切に取り込んだ新たな展開であり、このような、継承と展開の同一化、総合化である。従って、再生の根拠となる歴史性として町家が持っている意味を正しく確認する必要があり、再生を実践するにあたっては、かつての職人が持っていた、係わり、間合いを大切に見るという感性、及び、総合的、複合的な視野が必要である。歴史性は町家を象徴するものであり、再生においては、継承されたもの、新しく表象されたものが、いずれも、町家を町家として象徴するものであり、それは多くの人々に理解され、共有されるものでなくてはならない。
「再生」とはこのような「歴史性に根拠をおいた持続性のある創造的行為」である。
確実なより所となる歴史性、及び、その再生行為は人間の存在的根拠であるとも言える。

ロ)再生の実例
・橋弁慶山町会所:祇園祭のお飾り場であり、町内の共有する会所。建物を維持するために、テナントをいれ、ギャラリーとして改修。二階の床を板張りとし、天井板をはずして小屋組みを意匠的に見せる。一階は中の間の畳を残し、表と奥の間は土間に替えているが、通り庭、各部屋の軸組構成、全体空間構成は残している。
・セカンドハウス(レストラン):昭和初期型の商家を改修。外観はほぼ原型のままであるが、二階の元の虫籠窓は横長のガラス窓になっている。モダンな感覚があるが横長の虫籠窓の印象を残している。奥の母屋は和室のままで、フレンチレストランとして活用している。

セカンドハウス


T邸
・T邸:痛んでいる外観を元の形に修復。内部は通り庭の炊事場の床を部屋部分と同じレベルに揚げ、床仕上げは土間の印象を伝えるべくタイル張りとし、快適さを得るために床暖房設備が仕込まれている。新しいキッチンセットの流し下部にはおくどさんがこの家の記念として置かれたままになっている。上部は町家の象徴的な空間である吹き抜けを残している。
・K邸:改変と傷みがひどい町家を快適な住まいと元の形の復元を目指して再生改修。
外観は張り出していた一階建具を元の庇奥へ戻し、アルミサッシを木製に戻す。内部は駐車のために土間になっている表をゆとりのある玄関空間として活かし、奥は通り庭の土間を部屋と一体空間として、住まいやすいLDKとした。LD部分は天井を傾斜した屋根面までの吹き抜けとし、上への広がりを作っている。全体のバランスを考慮しながら、部分的に古い土壁を残してこの家の歴史を継承している。

K邸 LDK


K邸 古い土壁
・布屋:外観にモルタルの覆い壁が設けられており、これを撤去して元の町家外観を復元した。このような外観は戦後盛んに改修された形で看板建築と呼ばれ、内側には元の町家が隠されて残っていることが多い。看板建築の復元を積極的に進めることによってかなりの町並み修復実現が期待できる。

改修前の看板建築


改修後の外観
・新町家:町家のスケール、内部空間構成の特徴を取り込んだ新しい非木造建築がある。
町家型集合住宅と呼ばれる協働住宅では、高層部をセットバックさせ、表の高さや表情を町家にあわせることで、町並みとの調和を図っている。
 
4.町家再生の意義                              
町家再生によるまちづくり、都市景観の再生を目指したい。そのためには、ハード面の、制度面での規制、支援・誘導、制度改革が必要である。しかし、それが有効に効果を上げるためには、市民の意識が共有された、再生のための環境、土壌づくりが必要である。居住者に町家居住意識の再認識を促し、生活文化の担い手としての誇りを復活すること、そして、町家再生をまちづくりのアイデンティティーとして共有することが必要である。町家の歴史性を根拠とした再生によって、地域の個性を活かしたまちづくり、都市景観の再構築が可能となる。
 これまで市民活動、NPOによる個々の町家の再生実践が積み重ねられてきた。一方で、行政による包括的な制度化としての取り組みがあり、ここで両者の連携による、総合的な取り組みが必要となる。市民と行政の協働、コラボレーションであり、再生を目指す新たな取り組みシステムの構築である。そして、また、建築家には、まちづくり、都市景観再生のトータルコーディネーターという役割が期待される。                

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