●2004年10月9日 サブ・プロジェクト・セミナー

発表者:室崎益輝(独立行政法人消防研究所理事長)
題目:京都における防災文化の展開
日時:2004年10月9日(土) 17.30〜19.30
会場:京町家作事組事務局(新町通り花屋町下る東若松町832)
(作成:天畠、大谷)

■出席者 (敬称略 アイウエオ順))
 岡崎甚幸(武庫川女子大学教授、京都大学名誉教授)
 大谷孝彦(設計事務所ゲンプラン、京町家再生研究会)
 天畠秀秋(武庫川女子大学管理部)
 室崎益輝(独立行政法人消防研究所理事長)
 宗田好史(京都府立大学助教授)
 大岡茂(京町家作事組)オープン参加
 木下龍一(アトリエRYO)オープン参加
 荒木正亘(アラキ工務店)オープン参加 
 吉田秀雄(幾央大学)オープン参加

 欠席
 大場修(京都府立大学)
 佐野春仁(京都建築専門学校)
 中川理(京都工芸繊維大学教授)
 丹羽結花(京都工芸繊維大学助手)
 増井正哉(奈良女子大学教授)
 矢ヶ崎善太郎(京都工芸繊維大学助教授)

■議題 (1)室崎益輝氏の発表
        題目:京都における防災文化の展開
     (2)室崎益輝氏の発表に対する質疑
     
■配付資料 資料1 防災と文化 京都を例として 
       


■室崎益輝氏 発表の要点

○防災と文化の関係
・ 文化とは?
 地域の風土の中で育てられている。地域の構成員に共有され継承されている。行動規範として行動を左右している。そいうところで文化が決まる。そういう見方をすると防災そのものが文化である。
・防災から見た文化とは?
「防災の対象としての文化」「防災の手段としての文化」がある。
意識しているのは前者。
夕方にうち水をする行為も防災文化であり、壁に漆喰を塗るのも防災文化である。

○防災の対象としての文化
・地域にとって民族にとって、その「存在の証し」として、また「存在のかて」として、継承し発展させるべきもの。なぜ文化をまもらないといけないのか。→民族が存在するため
ナチスドイツが民族の血を絶やすために何をしたのか。当然アウシュヴィッツに送った。それだけでなく文化を根こそぎ破壊した。建物、慣習。
2X4の住宅に住んで、アメリカのハンバーガーを食べて、コンビニに通って、メールをやってる。インターナショナルなことを毎日しているとまさに文化は生まれてこない。どこにいっても変わらない。地域に密着したものは生まれてこない。

・文化(上位文化)の裾野としての、文化を育て支える「基盤や環境」としての文化
(下位文化)を守ることが欠かせない

御所だとか清水寺を守ればいいのか。文化というものは芸術性が高いとか歴史性が高いとかそういうものだけではなくて、裾野の広がりがある。みんなが何で生きているのかを考えたとき、瓦屋根一つだとか打ち水をするとか、いろんなことのtotalとして文化がある。地域らしさの根源を守ることが必要。

防災では武術はすごい重要。京都の火消しはどうやっていたのか。江戸時代の仕組みは非常に優れた仕組み。
鞍馬の火祭は優れた防災訓練。盆踊りなんかも防災要素が含まれている。それはまさに術。洗練されたもの。

守るものは清水寺とかだでではなくて、大工さんの工法・技術も含めて考えないといけない。何を守ろうとするのかということの位置付けをきっちりしないといけない。
社会と合致するようにさせることが問題。

立命館大学の土岐先生は山の上に大きな水槽を造り、ドレンチャーで守ることを提案した。→お寺を守るという視点。
火事の時に御所だけ守るのか。地域全体を守る視点でいかないといけない。
世界遺産も周辺環境も含めて指定されるようになっている。当然周辺環境も守っていかないといけない。やはり裾野をどう守るかが大事。

○防災の手段としての文化
・文化の滅失を防ぎ、その保全をはかるために、継承されてきた防災の体系・災害文化(Disaster Subculture)。  Disaster Subcultureという言葉が使われたのは20年前。

ハードウェアとは 施設・建物・消防署・病院など。
欧米はハードウェア中心。 建物を鉄筋、耐火構造にする→町の不燃化を追求

日本、京都は精神性が高い。精神性が高かったのか、けっこう際どい街をつくっている。ハードウェアで持たないまち。ソフトウェア、ヒューマンウェア(知恵、知識、心の問題)がカバーしている。

今の地震対策の一番の問題は心の問題。お金を与えても耐震補強しない。
ヒューマンウェアはなかなか生まれない。これこそ文化。文化は心の問題。情報を与えても防災意識はまったく変わらない。情報が入ってきてもそれを料理したり、さばくのは人間の心。
文化の遺伝子はある。

京都のきれいな街をみる。比叡山を見る。美味しい水を飲んでる。美味しいものを食べる。
→防災のやる気を増やす。

ソフトウェアとは 社会の仕組み、建築基準法、消防法、町内会、隣組など。
屋根の高さを揃えるとか、安全のための秩序をつくって守る。京都はその秩序がしっかりしている。
大きな格子から小さな格子へなってくる等、ぎりぎりまで細くして京都はだんだん限界までもっていっている。ソフトウェアがハードウェアの弱さをカバーしている。
建築基準法はハードウェア単体を扱っている。
屋根高さを揃える、バケツ置いている、前の家とどのくらい離れているか、などは度外視している。ハードウェア中心主義になってしまっている。
文化といのはむしろソフトウェア、ヒューマンウェアに大きなウェイトがある。

欧米はハードウェア中心的主義で単体文化。
京都は地域全体の物的な秩序に重きを置いている。
軒、庇の高さは同じにする。隣の家に向かって窓を開けない。連続して建つことによって安全性が担保される。

屋根の高さがバラバラだと気流の関係で裏側まで熱風が流れてしまう。
同じ二階建てで揃っていると裏側まで熱い空気がいかない。

土壁の裏塗りに関しても、単体で実験したら弱いのは事実だが、壁の裏にも家があるからという前提の話では安全性が担保される。
全体の集団としてどういう街ができていくかは長い経験・時間の中で出来上がってきたもの。

組織文化
表千家、裏千家があるから茶の文化がある。継承する組織と地域がないと文化ができない。
大工さん 安全な家をつくるための技能。
・防災の文化としての「暮らしの総体」に着目することが大切

○京都における防災文化
・京都は安全な都市
京都は火事の発生率が1/3 ぐらい。これを説明できるのは文化以外にはない。
恥の文化。ぼやは隠すので統計に上がらない。町内ぐるみで火事を減らす運動をしていた。
消防が気が付けば火事一件。火事だと言いにくい雰囲気がある。
人口一万人あたり2件で京都は全国で一番発生率が低い。二番目に奈良、三が番目富山。
富山はフェーン現象の影響でリスクが高い。一つ起こすと大火になってしまいリスクが高い。
京都もリスクが高い。
→守るべきものがはっきりしている。暮らしを守りたい。そこに住み続けようという気持ちがある。動機が明確にある。

都市大火も京都は少ない。
江戸時代に東京は3 年に一回大火があった。金持ちは木場に木材を備蓄しているぐらい。300年で100件。
京都は1200年の間はほとんど戦火。1200年間で30 件。基本的に火事が少ない。
高齢化社会はある意味で安全になったということだと言える。
その地域で古い文化的資源がどれくらい残っているのかが魅力につながる。

貧乏だったら町並が残るという話もある。
逆説的に言うと古いものが残っている所は防災文化がしっかりしているといえる。
しょっちゅう燃えてるところは残らない。
じゃあこれからは?というのは微妙なところ。
ともかく安全な街であることは間違いない。

・京都の成熟した防災文化
京都には成熟した防災文化がある。
赤いバケツに水はそんなに古いものではない。
祇園、西陣の赤いランプ、ボタン押したらベルが鳴るシステムは日本中で一番に京都が取り入れた。
京都は防災に関して新しいシステムを取り入れていく都市。

火事が少なければ、犯罪件数も少ない。
町内会ごとで消化器訓練会とかやっている。1年間で何千回とやっている。
防災習慣とか防災知識とか高いのかもしれない。

・京都における防災文化の特色
1)包括性・・生活ソフトや相隣関係
ソフトとか隣近所の関係。

2)融合性・・日常性と芸術性の獲得
うだつ、虫籠窓。デザイン様式と防災が一体になっている。

スーパーマン理論
普通は新聞記者だけど、非常時にはスーパーマンとしてはたらく。
普通はきれいな一つのデザイン表現であっても、非常時には防災に役に立つ。防災性から出てきたもので、日常的に受け入れられないと定着しないから、日常性を与えたり芸術性を与えている。デザイン様式と防災を一体にしてしまう。

姫路城のスプリンクラーや火災探知機なども受けいれられるようにしないといけない。今では芸術性は与えられていない。がっくりするのはスプリンクラーの配管と消化栓ボックス。ああいう形は京都の人は嫌う。


3)進取性・・新しい技術の積極的導入
瓦屋根、漆喰。時代とともに町家がどうかわってきたか。新しい技術に積極的だった。
どんどん新しいものをとりいれて洗練させていく。

4)緊張性・・潜在的リスクのきわどさ
本当にギリギリ。本当に燃え移る所にだけ漆喰を塗る。東京の洗練されていない倉づくりは何が何でも壁を塗る。京都はそげるところまでそいでいく。きわどさがあるから、常に緊張している。一歩間違えば大火事。きわどさがあるから、防災の心が育っている。
際どさを楽しんでいる。ちょっと間違えば危ない。

総合的な評価をしたときに京都は優れた文化をもっている。

一番京都で問題なのは道路の幅員と屋根の高さと倉の配置の全体の町並の構成が見事。
1)火袋、うだつ、むしこ、家並み →延焼防止の仕組み
2)軒庇、裏木戸、避難格子    →避難の仕組み
3)井戸、消化桶         →消化の装置
4)生活慣習、近隣規範      
最初はうだつなどのハードに目がいっていたが、やればやるほどソフトの方に知恵がある。

○防災文化の課題
・切迫する大地震への対応
老朽市街地の整備/防災コミュニティー再編

冷静に判断すると京都で大地震が起こったら危ない。
防災文化は災害の経験から生まれている。何度か体験しないとできない。
1000年に一回のものが文化をつくる原動力になるのかどうか。

老朽市街地が面々と連反しててこのまま手つかずで、消せることない火事が起きてしまうと京都の街は火に包まれる。
清水寺に放水銃つけても仕方がない。
良い意味での新陳代謝が必要。常にメンテナンス修理をするような仕組みが必要。
建築基準法の制限が強い。手入れの仕組みが機能してない。耐震診断の問題がある。
京都の町家に即した耐震診断をすれば倒れない家ももっとあるだろうが、やはり老朽化の問題はある。

京都はみんなで消すのが元になってるが、高齢化社会や夜間人口の減少などでコミュニティの形骸化している中でこの問題をどう考えていくかは非常に悩ましい。

・文化の継承と創造の制度
建築基準法の問題/伝統技能集団の問題

建築基準法は本来安全のためにつくられた基準だったのに、法律が文化を破壊している。
一番の文化の破壊者は生活である。価値観の変化。人間の傲慢さ。
傲慢さの一つが建築基準法。
建築基準法は非常に画一的な基準で地域の特徴を無視して押しつけている。
しかしこれもやむを得ないこと。もっと大雑把でいいんじゃないかと思う。
住宅の標準化が目的だった。

レベルを低いものを一気に上げようとするためのもので、これは文化ではない。
本当に伸ばそうと思ったら一人一人の個性を考えないといけない。

アメリカは州ごとで法律が違う。広いからだと言われるが、日本だって地域ごとに差があるし、守るべきものに差があるわけであって法律も別々にあっても良い。
もっとコミュニティルールで守った方が良い。
京都は京都の建築基準法があれればよい。守るべきものが違う。これは非常に大きい。

文化を継承していく仕組み。
山が崩れる。山火事が増える。→山の手入れしていないから。
山を管理する仕組みも見直さないといけない。

大学の教育はどうあったら良いのか。
日本の文化を守ろうと思ったらもっと日本のものを教えないといけない。
私が学生の時は、シェル構造、超高層が全盛。木構造の時間はちょうどなくなった。

伝える集団がないといけない。
大掃除、建具のシステムとか守っていかないといけない。
それらは全て防災までつながっている。

京都は家具置かない。貧しかったからか、収納空間の発想がもともと違う。家具は西洋のもの。

・文化遺産・文化財の防災
地域との関係性/新技術との整合性

姫路城などお城は絶対中に入れないようにしている。中で火を放つと死んでしまう構造。
消防は責任もてないといわれた。世界遺産になって見学者が増えた。
最初は壁に穴開けて非常階段つくってという話もあった。
文化財の保存はどこまでするかは問題。

アメリカの国立公園は火事が起きたら消さない。
燃えたけど、よりいいものができた。これも一つの新陳代謝のシステム。

防災設備もつけすぎると本来の仕組みが変わってしまう。
一回法律ができてしまうとそれが出来上がってしまう。それになってしまう。最初が大事。
どこまで新しい技術を取り入れるのかは難しい問題。
文化の進化か破壊かは見分けは何をもって言うのかは難しい。


■質疑・議論のまとめ
○岡崎甚幸
・僕らの考える文化というのは、例えば建築で言えば強・用・美がある。強が最初にあって、次に使いやすいということで強が前提で用がある。そこまでだと施設に過ぎないので、美を加えて建築にする。美があってというところが文化になる。別の芸術論から言うと、芸術は表出の問題。普通にしゃべってると美ではなくて、例えば抑揚があってリズムがあると歌になり芸術になる。建築の場合も用の部分まであって用の後どうなるか、美がくっついて文化の世界になる。
・防災は強の部分。強のあり方がいろいろある。例えばバケツ一つをとっても、バケツをもって火を消すときには美はなくなるが、普段歩いているときに見るバケツは文化になる。行為の基準が違う。そこのところを広く習慣とか慣習とか集団とか表出として何か行われると見ると、集団の文化だと考えられる。
・建物を設計している時の確認申請・消防に文化のかけらもない。消火栓よけておいて竣工写真を撮るとという話もあるぐらい。あそこに表出としての文化がどういう風に入っていくかというのは大事。

○木下龍一
それは大事ですね。

○室崎益輝
・建築と消化器が矛盾なく、消化器が持ってる機能と建築が持ってる機能が完全に融合したときにそれは文化といえる。とってつけて置いたようなものは、成熟していなくて結局寄せ集めに過ぎない。

○岡崎甚幸
・消火器は火を消すときには、それは赤であって持って走らないといけない。その一方で、普段お客さんが来たときもあるわけだから、まったく違う両方の機能を同時に成立させるような消化器の作り方をすると、それがうだつになったりする。

○室崎益輝
昔はきっと法律も制度も何もなかった。バケツをどう置くとか水をどうするかとかいろいろ考えたと思う。だから表現として非常に豊かなものをつくりだしてきている。そこが良かった。

○岡崎甚幸
ぜひシンポジウムを開いてください。

○木下龍一
杉の木でつくったものだったかも知れない。

○岡崎甚幸
・それからもう一つは、今の京都が危ないという問題がある。町家が2万8000軒あって、毎年2000軒が取り壊されていてビルはどんどん建っている。「じゃあ京都をどうしたら良いか。」と政府から聞かれたらどうするか。
・毘沙門横町に住んでいたときに、火事が起こり、消防車一台しかはいれなかったために、結局二軒ほど焼けた。たまたま出火が一ヶ所だったからこれで済んだかもしれないが、地震の時はたくさんの場所で火事が発生する。それもふまえて、今の人口の問題、自動車の問題もふまえて、京都市が京都の景観を考えて街づくりをしようという時に、じゃあこういう風にしようという答えがなかなか言えないところがある。「お金いくらでもあげるからどうするのか」と言われたときに、我々が何を言うのか。それは答えとして持っていないといけないと思う。

○室崎益輝
・神戸の地震の後も思いましたが、総合的な最適解を出すのはデザイナーの仕事だと思う。
もっとだから京都の街はこういう風にしたらいいということを、建築家なりデザイナーなりが提案する必要がある。
・今の都市計画は制度の話ばかりしている。街づくり協会つくったらいいとか、ワークショップしたらいいとか、それは手続きの話。手続きの話はするが、デザイン・ビジョン・目標は議論しない。それはものすごく貧困。昔の関東大震災の時でも、みんな建築家が提案していろんなものができあがった。神戸の震災後、建築家は提案しに行っていない。安藤忠雄だけ、自分の仕事とろうと思って神戸に行ったけど、他の建築家は何も提案してない。手続き論は大流行だが、その先にあるビジョンがまったくない。議論のゴールがない。

○宗田好史
京都は町家を生かした街にしていきましょうという明確なビジョンを高々に上げている。

○室崎益輝
それには安全性とか交通問題とか全部解決していく必要がある。

○宗田好史
それを解決するためにいろんな取り組みをして検討を行っている状況。幸い京都は。
いろいろと異論はあると思いますが。
他の都市はしかし大問題。都市デザインにしろ、建築にしろ依拠するものがない。

○室崎益輝
京都は水の流し方とか緑の取り方とかいろいろな技術的な問題が関わる。これでいけると思っていないから、なるほどとは思っているけど、心の問題でなかなか次の一歩が踏み出せない。

○木下龍一
それは総合的に思えばいろいろな問いかけもできるし、我々提案もできる。しかし、方針として町家街区形成は案としてはあるのかもしれないが、まだ連動している様には思えない。

○大谷孝彦
・今ある歴史を生かしながら、新しいデザインを提案するのは難しく単純にパッと出たりするものではない。それはみんなで一緒に見たりしながら考えていけばいいのだと思う。
例えば、ガラスがはめ殺しになっている町家がありますが、非常に伝統的にも見えるし、スカっとしていて、現代風でもありきれい。ガラスがピシッとはまってると、強化ガラスにでもすると防火性が能あるんじゃないかと思われる。そういうものは現実的、実際的で良いのではないかと思うが、なかなか具体的な問題に対して、そう簡単に答えがパッと出るものでもない。

○木下龍一
だからその間をとって、町家形成外区であって、ビルもいっぱいマンションも建ってて、その中でどうにか面的に防火壁なんかでもつくって安全性を担保しながら、町家も残しながら作っていけるという何か具体案があれば良い。

○宗田好史
ほとんどの京都の都心の街区は木造建築は三割きっている。防火建築だらけ。

○木下龍一
それだって担保されない訳でしょ。そういう風なのを常にチェックしていくシステムができるかもしれない。

○吉田秀雄
京都の都心部を対象にした場合、かけ言葉だけで何ができるか。都心部では無理なんじゃないですか。

○宗田好史
それは最後まであきらめたらいけないですよ。
新築・改築に関しては新しい建築条令をつくるとこまでは一歩進んでる訳ですよ。
容積率を抑えるなど。

○吉田秀雄
都心部全体という発想よりも、例えば都心部の中でも新町通りがモデル地区だとか、
そういうビジョンをつくったらいい。

○宗田好史
町家をビジョンの拠り所にしながら制度を作っていこうという動きの流れは京都の中では始まっている。

○木下龍一
それはいいと思う。ある部分が先行するというのは。

○吉田秀雄
都心部見てても、既にどうしようもない。

○木下龍一
現実的にはそうだけれども
例えば、烏丸通りに全部ビルができて、それが京都全体に広がったとして、それで京都の市民が飯を食えるかというとそうでもない。ガタガタと木造が残っているのを増やした方が良い。

○荒木正亘
烏丸通りで周りは銀行等の建物で耐火建築物に隣接した場所に、離れを増築をするときに化粧の天井を軒にするのを消防に駄目だといわれた。横が燃えても近所は燃えないのに。
烏丸通りは防火地域だから耐火建築物にしないといけなかった。

○岡崎甚幸
京都が他の地方都市の文化に比べて、圧倒的に防災の文化が昔からあったのか。

○室崎益輝
だからそれはもうちょっと歴史的に分析しないとわからないけれども、おそらく市民一人あたりの防災学習会の回数は日本でだんとつ。それをやるだけのエネルギーがある。
いつ頃からそういうふうなったのか、、。

○岡崎甚幸
新しく京都に来た人の所には誘いはこない。

○大谷孝彦
・もう一つは中世から両側町をつくって守る、町式目なでご町内の結合が残っている。
・先日、江戸博物館に行ったときに思ったのですが、江戸はいろんな意味で華やか、騒ぐ感じ。
花火、盛り場、おいせ参り、歌舞伎、浮世絵、相撲などのイメージ。
そこで火事の話ですが、火消しは、いわばお祭りに近い。基本的に木造の文化は、なくなるという前提にあるのではないか。その時にまた同じ型で建て直す。しかもその時に元より良くなる。そういうものが日本の木造文化の基本にあるのではないか。
・江戸の場合はとにかく「あきらめ」が前に出ているのでないか。燃えれば仕方がない。京都の
場合はしたたかに残すものは残そうという感じで、取り組み方が江戸と京都で違っている。江戸はいきの構造。つやっぽさ、とか、あきらめのよさ。火消しなどにピッタリあてはまる。京都は「いき」よりも「すい」の構造。京都の文化を考えるときに江戸との違いをちゃんと調べてみれば面白いことがいっぱいあるのかと思う。

○岡崎甚幸
浪速とも違うのか。

○大谷孝彦
違うでしょうね。

○宗田好史
・江戸の場合は、大名にしても町人にしてもtemporaryにしか住んでいない。男性人口が異常に高い。参勤交代とか。京都のような地に付いた地域コミュニティーは形成しにくい。大家さんにつくられている。単身赴任の多い長屋が多いので地域構造が違う。
・当時はいろはのいわゆる火消しの組は単身赴任の男達。今のフリーターの男の子達におそろいのTシャツを与えておくと、ボランティアでイベントまとめてくれるのと同じ様に、みんなおそろいのはっぴを与えておけば、その時に限ってはきちっと動いてくれる。若者をうまく表現する仕組みだったという言い方もある。

・文化という言葉はいろいろな使われ方をするんですけど、辞書を引くと一番最初に出てくるのは、文学・芸術・美術・音楽などの活動を指す。二番目は、ある地域・ある時代・ある民族の生活様式、その人々の心象風景全体を表す言葉。文化人類学でいう文化。三番目は、文明開化の略。という三つの定義がある。
・防災の対象としての文化は、一番目の文学・芸術・美術・音楽などの総称から二番目の文化人類学を対象とする文化にまで防災の領域を広げようとする動き。逆に防災の手段としての文化の方は、まさに文化人類学としての対象のソフトウェア、ヒューマンウェアを含む防災文化というものを、さらに一番目の芸術にまで高めていこうとする動き。異なった文化の定義を上手に逆方向にうまく組み立てて使っている。

○室崎益輝
そこまであまり考えてない。

○宗田好史
相対文化人類学という分野に挑戦しているなと思います。

○室崎益輝
ようするに防災文化として、その地域に定着してしかも洗練した一つのものとしてやらないと守れないという発想なんですよ。

○宗田好史
・最初の室崎先生がハンバーガーとかコンビニの話でいうと、15年前か20年前にアメリカの人類学チームが、世界80 都市の18歳の男の子の部屋にあるもの調査をやった。何が共通しているかを分析している。ナイキのスポーツバック、ボールペンとかあるわけですが、その中で大きなものにひとつはマスコミ、もう一つは学校教育がある。
・教育がlocalな文化をつぶしているといえる。京都の防災文化を何が壊してきたかを調べるような方法を考えたい。
・僕は田舎に住んでいて、親父がつくる建物が周辺の町並をこわしていく。親父はなぜか柱が細い。構造計算を習ってるから。大学で建築教育を受けた親父が作っているものが、町並を壊していったなと実感している。
・京都の防災を考えていくときに、建築教育が木構造を無視した意外にも壊していった原因がいっぱいあると思う。学校教育が一個一個を検証していくのは結構大事。

○岡崎甚幸
・甲子園ホテルの修理に携わっていて、フランクロイドライトが何を考えていたかを今調べているんですが、ライトはそのころの建築家の運動を批判している。そのころはヨーロッパの様式を真似てやっているかそれともコルビジェの新しい様式を真似るかどちらかだった。
日本をずっとまわって、日本の古い建物の茶室とか、シカゴの博覧会の鳳凰殿を気に入ってそれを真似して住宅などをつくっていた。日本人は全然気付いてないけど、ライトはものすごく日本の近代化を批判的に見ていた。同じ問題が今もある。現代建築の問題として。それは消火活動とか防災活動が含まれた日本の建築のことを明治以降の建築家が見抜けなかった。

○大谷孝彦
前回に出ていた話だが、江戸は棟割長屋で路地が抜けている。
京都はT字路で、防災的に言えばより危ない。閉じられた空間。

○荒木正亘
大阪は京都に近い。

○大岡茂
京都は自分の家は自分でまもる概念が非常に強い。町家に対して。
防災に関しては、太閤さんが地下に石埋めたから京都は火事に強いのだとか言われる。
やかましく防火防災に対して意識するようになった。
学校に避難しろといわれても遠い。本願寺が広いから本願寺に行くかと考えたりする。
とりあえず自分でやらなければしゃあない。あんまり京都人は集団性があまりない。
そういうことに関しては町内はバラバラ。

○岡崎甚幸
個の概念がハッキリしているところでは集団性も成り立つけれども、個の概念が希薄なところでは、集団の概念が成り立たない。

○木下龍一
まあ、家の概念とかが強かったんじゃないですか。家族共同体というか。
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