●2004年6月15日 オープニング・セミナー

日時:2004年6月15日(火)17時〜19時
会場:武庫川女子大学日下記念マルチメディア館メディアホール
対象:MKCRプロジェクト・メンバーおよび学院関係者

 6月15日、プロジェクト・メンバー80数名、学院関係者20数名、総勢100名を超える出席者のもと、オープニング・セミナーが開催されました。MKCRプロジェクトの実質的な立ち上げとなる会合であり、各説明・講演に出席者が熱心に耳を傾けました。
プログラム
1. 開会挨拶
          武庫川女子大学関西文化研究センター長・西島 孜哉
2. 学術フロンティア開始に寄せて
          武庫川女子大学長・山本 俊治
3. 関西人間文化の構想
          武庫川女子大学生活美学研究所長/
          生活環境学部長・森谷 尅久
4. プロジェクト概要
5. 総括班紹介
6. 出席者紹介
7. プロジェクト参加について
          大阪市立大学大学院文学研究科教授/
          21世紀COEプログラム研究拠点
          都市文化研究センター長・阪口弘之
8. 事務連絡
9. 閉会挨拶

司会:丸山健夫(総括班・武庫川女子大学文学部教授)
 オープニング・セミナー終了後、クリステリア4階Whityにてレセプションが行われました。武庫川女子大学副学長今安達也の挨拶・乾杯の後、約2時間、歓談が続きました。
司会:土屋親(運営委員・武庫川女子大学文学部事務長)

kaikai
開会。司会は丸山教授。



gaiyo
センター長・西島教授。
プロジェクトの概要について説明。

gakucho
山本学長。
大阪弁の形成に関して
ご講演くださいました。



moriya kyojyu
生活美学研究所長・森谷教授。
京都の職人制度(マイスター制度)と
からめて、その文化的特質について
ご講演くださいました。


sakaguchi kyojyu
大阪市立大学大学院・阪口教授
学外からの参加者代表として
ご挨拶いただきました。

reception
レセプションにて。今安副学長の挨拶です。

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開会挨拶

西島孜哉
 本日はお忙しい中お集まりいただき、まことにありがとうございます。最初に、学術フロンティア推進事業MKCRプロジェクトを全面的にサポートくださる武庫川女子大学に感謝申し上げます。また、本プロジェクト申請から現在までさまざまにご協力いただきましたサブ・プロジェクトのリーダーおよびその研究分担者の皆さまに御礼申し上げます。さらに、忙しい中、幾度となく共に討議を重ねてきた研究総括班・運営委員、またさまざまにバックアップいただいております事務局関係者に感謝申し上げます。
 2004年度学術フロンティア推進事業への採択を目指してワーキング・グループを立ち上げましたのが、ちょうど1年ほど前、2003年6月のことでございました。それから徐々に計画を煮詰め、昨年10月、11月頃に漸く形が出来上がったと思います。おかげさまで学内では3学部8学科46名のみなさまのご協力を得ることができました。学外では国内44機関、海外11機関86名のみなさまにご参加いただいております。総勢132名の大所帯です。
文部科学省に申請書を1月初旬に提出いたしましてから採択通知を手にするまでの間は、やはりいろいろと妄想するものでございます。今さら「ダメでした」ではお話になりません。学内だけに留めておいて方が良かったのではないか、いや大丈夫だろう、この2つの間を揺れ動いたものでした。
 もともと私の頭には、自分の研究分野だけに関連したような、小さな研究領域だけの研究プロジェクトではなく、大きな共同研究として関西圏の文化について追究していきたいという思いがございました。昨年、サブ・プロジェクト課題をご提出いただき、また5月にもさらに具体的な研究計画をご提出いただきましたが、それぞれが非常に魅力的なサブ・プロジェクトをお考えくださっています。ご提出いただいた個々のプロジェクトの計画を拝読しておりますと、これからみなさまとご一緒に共同研究プロジェクトを進めていくことができるのが非常に楽しみになってまいります。非常にエキサイティングな共同研究プロジェクトを構築できており、みなさまのご協力に感謝いたしております。
また5月初旬に「プロジェクト概要」を配信申し上げ、本日のオープニング・セミナーおよびレセプションのご案内をいたしましたところ、平日の、学期の真っ最中にも関わらず、これだけ多くの皆さまにご出席いただくことができました。MKCRプロジェクトへの皆さまの強い期待を感じるとともに責任を痛感します。
 MKCRプロジェクトを一刻も早く実質的に開始させようと研究総括班の方々と作業を進めてまいりました。本日、6月15日にご参集いただき、今後具体的に研究の実施に移りますが、おそらく学術フロンティア推進事業の新規課題としては早い部類に入るのではないかと思います。参加人数の多さもあり、センターとしての研究実施体制は正直申しましてまだまだ完璧とは申せません。研究センター棟の完成は来年3月頃になる見込みですし、これからしばらくの間は、あたふたと対応するといったこともあろうかと存じます。不慣れな点も多々ございまして、ご迷惑をおかけすることもあろうかと思います。プロジェクト参加の皆さまとご一緒にこれからMKCRプロジェクトを、また関西文化研究センターを創り上げる、という心持ちでこの共同研究を推進したいと考えております。どうかよろしくお願い申し上げます。
 本日はお忙しい中ご参集いただき、まことにありがとうございました。
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学術フロンティア開始に寄せて

山本俊治
 文部科学省の「私立大学学術研究高度化推進事業」の「学術フロンティア研究推進事業」部門に採択され、「武庫川女子大学関西文化研究センター」が設立されたのは、まことにご同慶の至りで、大きな喜びとともに責任の重さを感じている。
 さて、わが国の古代においては、「大和は国のまほろば」と言われ、都は大和の各地におかれ、文化の中心は大和であった。それが平安遷都以後幕末に至るまで、約1000年の長きにわたって、都は京におかれ、文化の中心も京であった。近代に入って、東京遷都以後、文化の中心も次第に東京に移って今日に及んでいるが、その歴史はまだ浅い。したがって、関西文化の成立と変遷を考えることは、そのままわが国文化の成立と変遷を考えることに連なる。
 ところで、人間営為のあとが文化だとするならば、文化の研究は、人間生活のあらゆる面に、その切り口が見られるということになる。いま言語生活の一面からその一端に触れてみる。
 俗に「関西弁」という。きわめて漠然とした言い方であるが、その中核として「大阪弁」という、これまた漠然とした言い方が考えられている。
 ところで、今日、大阪市と神戸市を両端とした8都市は、一大都市圏を形成していて、わが国屈指の人口稠密地帯を形成し、著るしい言語の一元化がみられ、少なくとも西宮市以東の5都市は、大阪府とともに、もっとも一般的な大阪弁地帯と考えられている。
 しかし、その大阪弁地帯にも、少し詳細にみれば、大阪弁一般からは異質とみられる文末詞の「ケ」や「ヤ」が周辺各地域に点々と聞かれる。この事実は、方言周圏論をそのまま肯定するのではないが、それなりの周圏分布を示していて、大阪弁変遷の一端を物語っている。
 ところで、いわゆる「大阪弁」は、どの地域のことばを指すのかということになると、どういう方言的特徴を基準にして考えるかで、その地域は広狭さまざまに考えられる。いま、比較的厳密に基準を設けていうならば、「大阪市中心に聞かれることば」というようにも限定され、そのように限定すると、その大阪弁の成立は、その行われている地盤である大阪のマチとしての成立に関わってくる。
 そこで、今日の大阪というマチが、どのようにして都市形成をしてきたかということになると、それは決して、そう古いことではなく、せいぜい江戸時代以後であり、しかもその成立がきわめて人為的であるという特徴をもっている。
 今日の大阪市のあたりは、むかしは「ナニワ(ハ)」と総称されていた。そのナニワは、上町台地とナニワヤソジマ(浪速八十島)から成っていた。上町台地は、和泉台地の延長線上にあり、いまの堺市の百舌鳥古墳群を南端とし、大阪城を北端とする細長い台地で、むかしは海中に突き出た岬であった。ナニワヤソジマは、淀川河口のデルタ地帯に散在する、一面、葦に蔽われた大小さまざまの島からなっていた。やがてそれらは一つに連なり、隆起して、いまの大阪市の中心部になっている。
 このナニワに、あるいは都として、あるいは門前町として、都市形成が行われる機会はたびたびあった。しかし、いずれも中途半端に終わっている。豊臣秀吉は天下統一の余勢を駈って、16世紀末に大阪城を築き、信長の安土城の例にならって、西に下った砂浜に城下町をつくった。「船場」の始まりである。しかし、間もなく起こった大阪冬の陣、大阪夏の陣の豊臣徳川の戦いに、大阪落城とともに、船場の大半も戦火に焼かれた。
 徳川時代に入って、江戸幕府は、大阪のマチを幕府直轄の経済のマチとして復興すべく、大阪商人の宣撫工作に乗り出す。二代将軍秀忠のとき、一門の松平忠明を初代大阪城代に任命し、船場の復興を命じる。忠明は京伏見23町の町人を町ぐるみ船場に移住させて、船場復興の中心にした。
 次いで、三代将軍家光は、大阪商人の優遇策を更に進めて、地租関税を免除し、楽市楽座による営業の自由を大幅に保証した。この優遇策によって、周辺諸国から商人がどっと大阪に流れ込んで、船場から島の内、さらにその周辺の砂浜に新開地がどんどん広がって、今日の大阪のマチの基盤が形成された。八代将軍吉宗の頃には、大阪は、京、江戸と並んで三都の一つに数えられ、人口40万、天下の富の7割から8割はここ大阪に集中したと言われる。
 以上のような、大阪のマチの成立から、そこを地盤とする大阪弁の成立は次のように考えられる。先ず船場復興の中核となった伏見商人は、かつて京にいた頃、宮中、仙洞御所、公卿、将軍家に出入りしていた格式の高い商人で、そのことばは雅やかな京ことばであった。その京ことばが、伏見商人とともに船場に流れ込み、地ことばと混交して、いわゆる「船場ことば」が成立する。ついで、特に楽市楽座により、周辺諸国の商人が、それぞれの地方のことばとともに流れ込み、大阪のマチは、船場ことば中心に諸国方言のるつぼとなり、それらが混交して、スピーディな商人ことばとしての近代大阪弁が成立する。そして、それが、いわば関西共通語となって、大阪商圏の拡大とともに周辺に広がり、その総称としての関西弁の成立につながっていった。いわば近代以降の中心地東京に成立した全国共通語の関西版といってよい。その変遷の一端は、はじめに述べた文末詞「ケ」や「ヤ」の周辺分布にみられる通りである。
 以上、言語生活の一面を切り口として、関西文化の成立と変遷の一端に触れてみたのであるが、その他、生活諸面にわたる多角的な切り口から関西文化の成立を究明し、やがては日本文化の本質に迫っていく、スケールの大きな総合研究が、この「武庫川女子大学関西文化研究センター」を中心として展開されることを期待している。
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プロジェクト概要
―MKCRプロジェクトの開始にあたって−

西島孜哉
 先月PDFファイルにて配信申し上げました「プロジェクト概要」と重複する点もございますが、みなさんにお集まりいただきました良い機会ですので、MKCRプロジェクトについてご説明申し上げます。
 MKCRプロジェクト「関西圏の人間文化についての総合的研究−文化形成のモチベーション−」は非常に幅広い現象を対象としうる研究課題です。時代的には太古の昔から現代、あるいは未来まで、地域的にはもちろん「関西圏」なわけですけれども、それも時代によって幅がございますし、また比較研究といった手法を取り入れた際には、日本、さらには海外の都市までも視野に入れることができます。
 そもそもなぜ私がこのような研究課題を着想したのか−この点を述べておきたいと思います。

MKCRプロジェクト着想の経緯
 私の専門領域は日本近世文学−江戸時代の文学、特に関西圏、江戸時代には上方と申しますが、の文学を扱っております。特に江戸時代中期、元禄時代の浮世草子作者井原西鶴、その後の浮世草子、それから狂歌についても研究をしております。ご存知のように、江戸時代の上方は文化の中心地として発展し、その文化は日本全国に向かって発信されておりました。平安の昔から都として栄えた京都、その隣接地として、江戸時代には天領、また商業の中心として急成長した大坂、この上方から、現在の日本文化の源流となるさまざまな文化が生まれております。このような上方という地域で生まれた文学を研究対象としていた私が、プロジェクトの空間的限定をする場合に関西圏を選ぶのは自然なことでした。
 また、本プロジェクトの母体となる武庫川女子大学としての役割も重要です。兵庫県西宮市、地域的には現在では「阪神間」といい方もされますが、ここに位置する総合女子大学が主導するプロジェクトとして相応しい内容−参加する人材、また社会における役割を勘案いたしまして、関西圏の文化ということに焦点をしぼりました。そして単に文化とするのではなく、「人間文化」といたしました。これは、「文化」というものを無機的な事象としてとらえるのではなく、そこに生き、関わる「人間」を基本に考えていこうということであります。
 社会のシステムや事象を、システム、事象、それだけのものとして研究することも可能です。しかしながら私の基本的なとらえ方として、それらのシステム・事象を作り出し、維持し、発展させていく、そこに関わる人間を抜きにしては物事の本質をとらえることはできないのではないかというスタンスがございます。どのような優れたシステムであっても、そこで実際に動く人間が十分に機能することができなければ、そのシステムの優越性は発揮されることなく終わってしまうでしょう。現代社会において、われわれは高度に完成された社会システムの中を生きているように思います。高度経済成長を達成し、いわゆる「豊かな」社会を手に入れた日本において、一時期ひとつの完成形としての社会システムが形成されていたといっても間違いではないでしょう。しかしながらそれが大きな問題をはらんでいたことも、近年の混迷する社会状況から明らかとなっております。そして現在、形骸化した社会システムと、そこに生きる人間のあり方とのギャップが、これまでに例を見ないほど大きくなってきているといえるのではないでしょうか。
 封建制、さらに貨幣経済の始まった江戸時代、すでに人々は「社会システム」とのギャップに苦しんでいました。西鶴の作品には「銀が銀を設る世の中」「根に持たぬ銀をかりあつめ人の手代をいたし候事口惜しく候」などとあります。資本に踊らされる人間の姿です。しかしながらそのような中にあっても、江戸時代の人々はたくましく生きております。もちろん、江戸時代をユートピアとみなそうということではありませんが、そこで生まれた優れた文学などの文化を眺め、その創造の土壌というものを考えた場合に、いずれの時代にも共通するような、人間の活動というものがあるように思うのです。
 このような人間の活動を重視するところから、「文化形成のモチベーション」というプロジェクトのサブ・タイトルが生まれています。文化というものが創造される際に、何が原動力となっているのか、文化が創り出され、維持され、生まれ変わる、その原動力を人間に着目しながら追究しようというのがこのプロジェクトの目的です。

MKCRプロジェクトで達成したいこと
 プロジェクトの課題を設定し、それを追究する研究体制というものを考えた時、「学術フロンティア推進事業」はまことに好都合でございました。特に内外の研究機関との共同研究に重点をおいた事業だからです。
 幸い、武庫川女子大学は複数の学部・学科をもつ総合大学であり、もともと関西圏ということを重視した研究を行っていた研究者も多かったこともあり、学部・学科の枠を超えて本研究プロジェクトに研究者にご参画いただけることになりました。
 また近隣の大学を中心に、それぞれ関西文化の研究に実績のある学外の研究者、さらには海外の研究者もご参画いただくことになりました。正直申しましてこの反応の良さは予想以上のものでございました。現在サブ・リーダー43名、研究分担者89名、総勢132名のプロジェクトとなっております。これだけ大規模な文化研究プロジェクトは珍しいのではないでしょうか。
 プロジェクト一覧をご覧いただきましたらわかりますように、本プロジェクトは44件のサブ・プロジェクトから成っています。いずれも関西圏の文化ということで共通しつつも、さまざまな研究分野からのアプローチが含まれております。研究計画書を拝読いたしますと、みなさまのこれまでの研究の蓄積から「関西圏の人間文化」ということについての5年計画プロジェクトをお考えいただいたわけで、たいへん興味深い研究内容でございました。ただし現在は一種、悪く言えば寄せ集めであり、共同研究プロジェクトとしては完成形とはいえません。ここから、いかにみなさんのそれぞれの研究を統合し、共通の問題意識を見出すことができるかがプロジェクト成功のキーとなると思います。ここでみなさまにお願いしておきたいことがあります。それはこのプロジェクトに参加するみなさまそれぞれが、このMKCRプロジェクトに参加される間はぜひ「領域横断的」マルチ研究者になっていただきたいということです。
 この「領域横断」というのは最近の私の口癖のようなものなのですが、まぁ、簡単にいえばインダーディシプリン、一時期流行いたしました「学際」の変形でございます。なんだか「学際」と申しますと今となっては陳腐な感じがいたしますので、「領域横断」などと言って「横断」を強調しております。これは私が研究対象としております、江戸時代の上方の文人に非常に顕著にみられるあり方で、私はそのような人々のあり方に、上方文化の一つの源流があるのではないかと思っておりまして、最近そういったアプローチで文人社会をとらえようとしております。どういったものかと申しますと、非常に活動の範囲が広いのです。それぞれしていることは非常に専門としてレベルが高い−当時のレベルで、の話ですが。ところが範囲がとにかく多岐に渡り、天文の著作を書いていたかと思えば文学的な著作もある、辞書的なものもある、そして実生活では出版業者・本屋を営んでいる。どうもこれは特殊例ではなく、当時の文人というのは多かれ少なかれ、そういった面を持っていたようです。そしてそういう人々が集まった文人サークルで、情報交換が行われ、新しいものが生まれる。そういった場が、上方文化の創造の土壌になっていたと考えられるのです。
 武庫川女子大学関西文化研究センターでは共同研究プロジェクトを遂行していきますが、その場合、こういった研究者同士の知的交流をどんどん進め、新しいものを生み出していってほしいと思っています。今はサブ・プロジェクトはそれぞれの研究分野の範囲内で構成されたものがほとんどですが、今後研究を一緒に進めていく中で、必ず新しい出会いがあると思います。共通の問題意識を共有することになります。そうしたら、ぜひ新しいコラボレーションを成立させ、新しいプロジェクトを企画していただきたい。もちろん、MKCRプロジェクトとしても、みなさんのそれぞれのプロジェクトを統合し、共通の課題を設定して討議し、研究成果を提出していくことになります。しかしながら、MKCRプロジェクトは共同研究のほんの糸口に過ぎません。本当の意味での共同研究は、この中で成立してくる新しい研究者同士の関わりの中で生まれてくるのではないでしょうか。

MKCRプロジェクトの進め方
 さて、それでは実際に、どのような形でMKCRプロジェクトを進めていくのか、現在の見通しをご説明申し上げます。
 まず、個々のサブ・プロジェクトを活発に進めていただくことが基本です。それぞれの研究が高いレベルになければ、他分野との統合といった時にも意味がございませんので、それぞれのサブ・プロジェクトでしっかりと研究を進めていただきます。その成果を、月1、2回開催するMKCRセミナーでご発表いただいたり、あるいはサブ・プロジェクト主催の研究集会なども開いていただければ良いと思います。マルチ研究者として分野外のセミナーに積極的にご参加ください。センター棟が完成いたしましたら、こういった小規模な集会も開きやすくなり、快適な共同研究環境をご提供することができるでしょう。これら日常的な会合を通して、サブ・プロジェクト間の研究過程・成果の共有をはかり、新しい共通の問題意識をみつけていきます。年度末には「関西文化研究叢書」を出版できるようにしたいと思っております。
 こういった個々の研究活動と並行して、MKCRプロジェクトの「共通プロジェクト」にご協力いただきます。これは最終的には「関西圏の人間文化データベース」となるものですが、関西圏の人間文化に関わる「キーワード」と「関連データ」をデータベース化します。現在の段階では、私の中ではある程度のイメージはあるのですが、実際問題、みなさんから出てくるデータで、最終的にどのような形になるのか、非常に楽しみです。考え方としては、MKCRプロジェクトの成果がつまったデータベースです。MKCRプロジェクトで作成したデータベースや論文、ありとあらゆる成果をそこに入力、あるいはリンクしていきます。関西文化資料、学術論文、静止画・動画等のイメージデータ、音声データ等、いろいろなものが考えられます。それに検索機能をつけて事典のような使い方ができるわけです。目指すところは、ここを訪れたら関西のすべてがわかる、という、イコノロジカルなデータベースです。
 ただし成果や作成されるデータベースだけを待っているのではなかなか内容量が増えませんし、またデータベースとしての面白みに欠けます。そこでこのMKCRデータベースの目玉にいたしますのが、「キーワード」の収集です。
 具体的な作業としては、最初はこれまでのみなさんの研究成果、あるいは現在進行形の研究の中から、関西文化の特質をとらえる語彙・フレーズを選択いただき、それに簡単な説明をつけてご提出いただきます。これをデータベースに入力していきます。その段階だけでまずちょっとした「関西圏の人間文化事典」ができあがる算段です。
ただし単に入力していって置いておくだけでは、それは単なるキーワード収集に終わりますが、センターではそれら提出されたキーワードの分類作業を行います。現在考えておりますのは、第1レベルは機械的な分類で、そして第2レベルはそれが文化を形成するモチベーション(原動力)の何にあたるのかです。それらの「関西文化」および「文化形成のモチベーション」における位置づけ(分布図)を明確にします。分類後の隣接するキーワード同士の関係を検討することによって、第3レベルとなるキーワードを導き出します。この第3レベルのキーワードが、「関西人間文化」を表わすキーワードであり、シンポジウム、あるいは新しい共同研究の切り口になっていくものであります。キーワードをいかした講演会やシンポジウムを開催する予定です。これには奮ってご参加ください。
まだ実際にできていないものですから、どうも抽象的になってしまいますが、具体的な作業のなかから新しいものをつくり上げて行きたいと思っております。いずれにしましてもみなさまから提出されたキーワードに以上のような作業を施し、また同時に「関連データ」を収集してMKCRデータベースとして蓄積し、最終的にはウェブ上で公開し、「関西圏人間文化データベース(仮称)」として利用されることとなります。

おわりに
 以上、プロジェクト概要についてご説明申し上げました。古い歴史と優れた伝統をもつ関西圏の人間文化のメカニズムの解明のために、文化形成のモチベーションの生起過程と維持の実態を明らかにしようとするのが、本プロジェクトの最大の課題です。研究の最終段階においては、「文化生成のための理想社会モデル」を提言し、21世紀の新しい人間文化形成に寄与することを目ざしています。
 44件のサブ・プロジェクト、132名という多くの参加人数の共同研究プロジェクトを成功させるキーは、いかにわれわれが共通の問題意識を創り出すかという点に関わっております。先ほどお願いいたしましたように、ぜひみなさん「領域横断的」姿勢を発揮していただき、MKCRセンターを軸とした新しい研究機会に期待してください。研究というもの、やはり知的好奇心なくしては成り立たないと思います。いかに自分たちの研究を楽しめるか、面白がれるか。そういえば江戸時代の上方の文人たちは、自分たちのしていることを最大限に楽しむ人々でもあったように思います。
 最後に、MKCRセンターはセンターと銘打っておりますが、まだまだ組織的に整っておりませず、また基本的にはわれわれ研究メンバーによる研究者集団です。みなさまには事務的な面でも−申請書の作成などですが−できるだけご協力いただかねばなりません。使用できる研究経費は、最大限研究のために使用していきたいと考えております。いろいろとご不便をおかけすることもあろうかと思いますが、よろしくお願い申し上げます。
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